今月の花〈1月〉 橙
十二月も半ば、都心のあるお宅のクリスマスパーティでいけばなを披露することになっていました。ご紹介いただいた奥様の夫君はスエーデンの方で、冬はお客様がお着きになるとこれをまず召し上がっていただくの、とホットワインを出してくださいました。グロッグと呼ばれる暖かい赤ワインのなかにはアーモンドと干しブドウが入っており、少し甘くオレンジピールを入れる家庭もありますよ、という説明でした。
オレンジピールは生ではいただけないオレンジを使うことがあります。いけばなクラスの折にスエーデン人の門下生に聞きますと、セヴィリアオレンジはサワーオレンジ(またはビターオレンジ)と呼ばれ、スエーデンは北国なのでこの種のオレンジがたくさんとれるはずはなく、彼女もスーパーで袋詰めののオレンジピールを購入しているということでした。
サワーオレンジ(酸っぱいオレンジ)ビターオレンジ(苦みのあるオレンジ)という意味を持つこのオレンジは辞書によると橙に相当します。
橙は不思議な植物です。別名の「回青橙」という字が示すように実は熟すと冬に橙色になり、やがてそれがまた緑色になり、数年この過程を繰り返すため「だいだい」という音が代々という意味を持ち代々その家が繁栄するようにと正月にお供えの上にのるようになりました。
温州ミカンを筆頭として日本にはいろいろな柑橘類がありますが、この橙もその特徴の白い小さな花が咲きます。常緑樹で四mくらいにもなるこの木の深緑の葉は青々としていますがうっかり枝を持つと棘があって刺されるのでご注意を。
オレンジオイルが作られたり、マーマレードにしたり、橙を絞って醤油と合わせて自家製のポン酢にする知人もいます。
古い時代に中国から日本に渡来した橙をあらわすcitrus aurantium のことをロンドン在住で植物の勉強を数十年していたIさんに聞いてみました。ビターオレンジは十~十一世紀にムーア人によりスペインにもたらされ、イギリスでは今でもマーマレードとして一番用いられているそうです。十八世紀後半にはスコットランドでも知られ、のちにこの橙を使ったマーマレード会社もいくつか立ち上げられているそうです。
数年前になくなったIさんのご主人はマーマレードを朝食のトーストに山盛りにして召し上がるのがお好きだったとか。それは普通のオレンジのマーマレードだったものの、一番おいしいのはIさんの故郷の静岡の本ゆずをつかったマーマレードとおっしゃっていたそうです。ロンドンのスーパーでも橙が手に入るなんていままで知らなかった。今年は橙でマーマレードを作ってみます、というメールがきました。
地質も気候も違う土地でとれた橙のマーマレード、どんな味がするのでしょうか。(光加)