今月の季語(6月)青梅雨
ちょうど一年前のこのコーナーには〈蛍〉をとりあげました。桜前線のように蛍前線もあると記しながら、来年は蛍狩にすこし遠出してみよう、などと考えていたのでした。
それどころではなくなっちゃいましたね!
明滅の螢の沢を屋敷内 黒田杏子
のような暮らしぶりであれば、居ながらにして蛍を楽しめますが、そうではないほとんどの皆さん! 桜のみならず蛍まで、と口惜しいですが、ここはひとつ別の楽しみを見出そうではありませんか。
自粛が叫ばれた四、五月の間に、ジョギングや散歩を日課に取り入れた方が多いようですが、ついでの季語さがしはいかがでしょう。俳句を作る人と連れ立って歩かないと、「作句」に到るのなかなか難しいです。吟行のときも結構歩きますが、立ち止まったり、うずくまったり、沈思黙考したり……します。運動のために歩く、走るというのとはペースが異なりますから。
そろそろ梅雨に入りますが「季語さがし」だけなら、雨が上がっているのを見計らって、ささっと出れば十分できます。春と真夏のはざまにあって、華々しい花の少ない時期ですが、あたりが暗くなるほど草木が茂りあうのに驚いたり、
万緑の山高らかに告(の)りたまへ 奥坂まや
だんだんに一目散に茂りけり 綾部仁喜
目の敵にしていた蕺菜(どくだみ)が清楚な莟をつけていたり。蕺菜は十薬とも呼んで、花のあるこの時期だけ季語になります。
どくだみのいま花どきの位もつ 山上樹実雄
また、しっとりが好きな動物を見つけたり、
青蛙ぱつちり金の瞼かな 川端茅舎
でで虫の繰り出す肉に後れとる 飯島晴子
三四日ぐづつく雨に百足虫出づ 上村占魚
結構いろいろな出会いがあります。俳句でいう「動物」とは「植物」でないもの、「動く生き物」でしたね。
歩いていると、どこからともなく佳き香が漂ってくることがあります。忍冬(すいかずら/金銀花とも)でしょうか。柚子(ゆず)をはじめ柑橘系も花盛りです。梅雨入りのころには梔子(くちなし)も。
月光の昨夜のしづくの金銀花 橋本榮治
柚の花はいづれの世の香ともわかず 飯田龍太
山窪は蜜柑の花の匂ひ壺 山口誓子
今朝咲きしくちなしの又白きこと 星野立子
高い位置に咲くので見づらいですが、泰山木(たいさんぼく)や朴(ほお)の花も香ります。
泰山木花の玉杯かたむけず 上田五千石
寝不足は気で補えと朴咲きぬ 金子兜太
もちろん紫陽花(あじさい)は梅雨の到来を今か今かと待っています。
今回のタイトルの〈青梅雨〉は〈梅雨〉と同義ですが、青々と満ちゆく生気を喜び、讃える季語かと思います。この世への挨拶と言っては大袈裟でしょうか。挨拶をすれば、挨拶が返ってくるのがこの世のならい。さて、どんな声を聞きとめることができるでしょうか。
青梅雨の深みにはまる思ひかな 石川桂郎
青梅雨を歩きへんろとして発ちぬ 黒田杏子
(正子)