今月の花(六月)金宝樹
坂道を上り、信号をこえて右折したその路地に入ったのは外出自粛になる前でした。
角を曲がった途端、目に入ってきたのはたわわに枝垂れる枝に鮮やかな赤い花をたくさんつけた3メートルほどの木でした。その木は隣家の塀とその家の階段の間で少し窮屈そうでした。金宝樹、別名ブラシの木はユーカリと同じフトモモ科に属し、英語でもそのままbottlebrushと呼ばれます。細長いブラシのような花の形ですが、美しい色は雄蕊の集まりで数日で色あせます。花の軸は伸びていきまた花をつけます。いけ花の稽古にこの花材が来るときは花は終わっていて、枝の周りに何個も茶色の実がついた尖った細い葉はかたいのです。初めてこの花を見たのは、パキスタンのイスラマバードの知人の家の庭にあった4メートルくらいの木でした。その後ピンクの花も見ました。
その見事な咲きっぷりを見上げているうちに私は、3日後にインスタグラムを通じてのデモンストレーションを草月の本部の教室から発信する依頼をされていたことを思い出しました。午前中、花材の予約のため連絡して訪れた馴染みの花屋さんは店を閉めていて使いたい花材はすこしだけでした。午後は近くの花屋さんも見てみようと、この街にあるチーズ屋さんに買い物がてら登ってきたのでした。
その時、2階の窓から顔を出した女性がいました。「このおうちのかた?」思わず大きな声をかけた私に怪訝そうにうなずいたその人に、間髪を入れず私は自身もびっくりするような行動にでました。
「この枝 一本いただけないかしら」
「いいですよ。今降りていくから」
その方は何と鋏をもっておりてきてくださり、花がいくつもついている長い枝を2本えらび、大きな高い枝切までもちだし惜しげもなく見ず知らずの私に切ってくださったのです。
はじめてのインスタグラムを通じてのデモンストレーションは日本ばかりでなく、チュニジア インド アメリカ フィンランド ドイツ イギリス 南アフリカ など予想をはるかに超える国の方達からも反応がありました。こんな時期に花をみて癒されたというツイートが画面上にハート印と共にたくさんわきあがりました。金宝樹をいけながら語りかけた入手のいきさつは面白かったといってくださる方もあり、坂の上の金宝樹は世界の花になりました。
私にとって今年一番印象に残るのはこの花ではないでしょうか。(光加)