今月の季語(9月)露(2)
身辺が暑さに涸れ涸れの昨今。露ぶくのはビール瓶くらいだと嘯いている人はいませんか? 朝きわめて早くに起きだしてみてください。〈朝顔〉や〈芙蓉〉の今朝の花が、しっとりとしています。
今年は梅雨明けから立秋までが一週間ほどでしたから、〈夏の露〉を体験せずに終わった気がしますが、
朝の間のあづかりものや夏の露 千代女 〈夏〉
病みてみるこの世美し露涼し 相馬遷子〈夏〉
と、夏にも露の季語があります。千代女の昔から「朝の間」だけの稀少感のあるものだったわけです。その「朝」が少しずつ長く続くようになり、
露けさの弥撒のおはりはひざまづく 水原秋櫻子
晝までの露を大事に草撓ふ 中原道夫
また、夜のうちに露けくなってきて、
露の夜の一つのことば待たれけり 柴田白葉女
十日町更けて露けき筵買ふ 小室善弘
と詠まれながら秋が深まっていきます。
露しぐれ檜原松原はてしなき 蝶夢
〈露時雨〉は露が一面に下りてあたりがしとどになっている状態、もしくは結んだ露が木々の枝からばらばらと落ちて来ることを表します。また〈露涼し〉は夏の季語ですが、
露寒のこの淋しさのゆゑ知らず 富安風生
「寒」の文字が入っていますが〈露寒し・露寒(つゆさむ)〉は秋の季語です。更に寒くなると、
露霜や竹伐りたふす竹の中 石田波郷
降りた露が凍って霜のようになることがあります。それを〈露霜(つゆしも)・水霜(みずしも)〉といいます(すぐに消える霜を指すこともあります)。
〈露〉は三秋を通して使える季語です。人口に膾炙した句も多いです。いくつか挙げてみましょう。
今日よりや書付消さん笠の露 芭蕉
しら露やさつ男の胸毛ぬるるほど 蕪村
露の世は露の世ながらさりながら 一茶
芭蕉の句は『おくのほそ道』所収。随行者であった曽良と別行動をとるに際しての惜別吟。蕪村の「さつ男」は猟師のこと。山へ分け入り獲物を追う猟師の胸毛が濡れるほど、びっしりと露がおりているというのです。一茶の句は、やっと無事に生まれて元気に育っていた愛娘を、病にうしなったときの句です。
露は天文現象ですが、古来より、はかなさや涙を連想させるものとして使われてきました。俳諧、俳句でも、その連想を繋いだり、断ち切ったりして詠み継がれています。
芋の露連山影を正うす 飯田蛇笏
蔓踏んで一山の露動きけり 原 石鼎
露の虫大いなるものをまりにけり 阿波野青畝
金剛の露ひとつぶや石の上 川端茅舎
白露や死んでゆく日も帯締めて 三橋鷹女
白露は「しらつゆ」と読むときは天文現象、「はくろ」と読むときは二十四節気の一つ、時候の季語となります。二〇二〇年の白露は九月七日です。
ゆく水としばらく行ける白露かな 鈴木鷹夫
忌心は白露を過ぎてより深し 稲畑廣太郎
さて、密を避け、ひとり野の露に濡れるのもまた楽しからずや。(正子)