今月の季語〈十月〉⑨ 鳥渡る
七十二候の一つに〈玄鳥帰る〉があります。玄鳥(げんちょう)は燕のこと。春の〈玄鳥至る〉と対になっています。今年は九月十七日でした。
秋が深まり、北から渡ってくる鳥、南へ帰る鳥、また山から里へ移る鳥が交錯するころとなりました。今月は季語を通して鳥の移動を整理しておきましょう。
まず南へ帰る鳥から。
高浪にかくるる秋のつばめかな 飯田蛇笏
ある朝の帰燕高きを淋しめり 鈴木真砂女
燕は人家の軒など人目につく場所に巣を作りますから、子育ての一部始終を見ることもできます。その不在は家族が欠ける気分にもなって、一層身に染みるのでしょう。
流人島空を自在に海猫(ごめ)帰る 中村翠湖
絵画のような句です。鳴き声が特徴的な海猫も群れをなして帰ります。
〈鷹渡る〉は、夏に日本へ渡来して繁殖した差羽(さしば)が、秋に群れを成して南へ帰る様子を指すことが多いです。北方から飛来する鷹も、留鳥の鷹もおり、冬の季語である〈鷹〉や〈鷹狩〉を構成します。まとめて歳時記で確かめてください。
鷹わたる蔵王颪に家鳴りして 阿波野青畝
日に舞うて凱歌のごとし鷹柱 岡部六弥太
次は北から渡ってくる鳥について。季語ではこれを〈渡り鳥〉と呼びます。
鳥わたるこきこきこきと罐切れば 秋元不死男
渡り鳥みるみるわれの小さくなり 上田五千石
鳥の名も季語になります。まず〈雁〉。〈かりがね(雁が音)〉〈雁の棹〉という季語は、編隊を組んで鳴き交わしながら渡る姿に「秋」を思う古からの伝統そのものでしょう。
さびしさを日々のいのちぞ雁わたる 橋本多佳子
雁や残るものみな美しき 石田波郷
雁啼くやひとつ机に兄いもと 安住 敦
〈鴨〉〈鶴〉は冬の季語ですが、〈鴨/鶴来る(きたる)〉は秋の季語です。
鴨渡る明らかにまた明らかに 高野素十
初鴨の十羽はさびしすぎにけり 大嶽青児
鶴の来るために大空あけて待つ 後藤比奈夫
いつもの池が、ある日鴨でにぎわい始めるという経験がおありでしょう。今から春先まで、密度だけでなく、種類が増えて、楽しませてくれます。鶴や白鳥を、春の燕のように待つ地域もあるでしょう。。
小禽類も渡ります。身近なのはむしろこちらではないでしょうか。年中いる小鳥も加わって、視界に鳥の姿がもっとも増えるのが秋です。
小鳥来る人の暮しと玻璃隔て 稲畑汀子
死の十日あとの空より緋連雀 友岡子郷
かなしめば鵙金色の日を負ひ来 加藤楸邨
鶺鴒のとゞまり難く走りけり 高浜虚子
啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 水原秋櫻子
身近すぎていつもは景色の一部になっている雀も、秋には〈稲雀〉という季語になります。
稲雀汽車に追はれてああ抜かる 山口誓子
(正子)