今月の季語〈十二月〉 冬の月
今年の秋は長雨と台風の影響であったのか、金木犀が二度に分けて香るという不思議な現象がありました。三度香った所もあったとか。山茶花も異様に早く咲き出しましたし、すべて人類の招いた温暖化に起因するのかと心が痛みます。そんな中にも、月だけは堪能できた秋でした。名月も後の月も天気には恵まれ、実に美しく仰ぐことができました。
この稿を書いている十一月八日は月と金星が大接近。このあと十日には土星に近づき、その後は木星に近づくのだとか。月蝕や流星群の観測もできますし、天体好きにはこの上ない季節の到来です。
立冬過ぎに仰ぐ月は〈冬の月〉です。
此木戸や錠のさゝれて冬の月 其角
この句が『猿蓑』に収められたときの経緯が『去来抄』に記されています。最初「此(この)木戸(きど)」が「柴(しばの)戸(と)」に読めてしまったのだとか。間違いに気付いた芭蕉は、これほどの名句は版木を彫り上げた後であっても修正すべきである、と改めさせたのだそうです。
冬の月かこみ輝き星数多 高木晴子
冬の月より放たれし星一つ 星野立子
月と星の取り合わせの句は、シーズン中の句会に一再ならず見かけます。先行句要チェックでしょう。
次に見し時は天心冬の月 稲畑汀子
秋のようにずっと外で仰ぐことはなく、思い出したように外に出ると月はもう触れられそうにないほど遠く高くに。
冬三日月わが形相の今いかに 鳴戸奈菜
霊寄せの冬満月の上り来ぬ 井上弘美
と月の形を示しながら詠むこともできます。
雪嶺に三日月の匕首飛べりけり 松本たかし
この句は月自体が季語になってはいませんが、「匕首」とは冬の三日月なればこそ。
〈月冴ゆ〉〈月凍る〉を用いることもできます。
月冴ゆる石に無数の奴隷の名 有馬朗人
月凍てて千曲犀川あふところ 福田蓼汀
月自体も冴え冴えとしていますが、視界も非情なほどに照らし出されています。
毟りたる一羽の羽毛寒月下 橋本多佳子
寒月やひとり渡れば長き橋 高柳重信
寒月下あにいもうとのやうに寝て 大木あまり
K音の響く〈寒月〉は耳にも寒い季語かもしれません。多佳子の句には、昼間は走り回っていた鶏が夕べに饗され、あとには……というエッセイがあります。重信の句は「ひとり」の影があまりにけざやか。孤心が募りゆきます。あまりの句の「あにいもうと」ではないふたりは夫婦でしょうか、恋人同士でしょうか。読者の数だけ鑑賞のしかたがありそうです。私は、心の寄り合うさまを思いますがいかがでしょう。
大寒の月光浴といふものを 黒田杏子
このときの月は寒満月と解してよいでしょう。三日月の匕首と同じく、季語の使い方の自在さを学びたいものです。(正子)