カフェきごさい「ネット句会(4月)」互選+飛岡光枝選
(連中)弘道 良子 都 桂 すみえ 裕子 雅子 涼子 酔眼 隆子 光尾 利通 光枝
≪互選≫
前﨑 都選
束ねゆく茎みづみづし黄水仙 涼子
春筍目も覚めぬうち食はれけり 雅子
鯖街道春が近江を指して行く 弘道
山中すみえ選
北岳にけふは雲ある桃の花 光枝
土筆和あくのつよきも混じりけり 隆子
あるだけの花を散らして目黒川 雅子
池田良子選
茶杓にも艶といふもの宗易忌 都
職退いて田打つ真紅のトラクター 隆子
山茱萸の花の盛りを農具市 隆子
若土裕子選
啼く烏今朝も余震の社日かな 酔眼
山茱萸の花の盛りを農具市 隆子
工員の昼のいつぷく花の下 すみえ
藤倉 桂選
茶杓にも艶といふもの宗易忌 都
山茱萸の花の盛りを農具市 隆子
鯖街道春が近江を指して行く 弘道
早川光尾選
豆スープ皿にたつぷり花疲れ すみえ
職退いて田打つ真紅のトラクター 隆子
ハーメルンの笛のひゃらりこ花ゑんど 利通
上田雅子選
霾るやハリコフの鳩飛び立てよ 都
山茱萸の花の盛りを農具市 隆子
花冷えの雷門や大提灯 すみえ
篠原隆子選
病室の窓に人かげ春の月 裕子
下萌えや猫の歩みのやはらかく 光尾
あはあはと森の精霊山ざくら 涼子
須賀利通選
霾るやハリコフの鳩飛び立てよ 都
鯖街道春が近江を指して行く 弘道
たんぽぽや一瞬にして非日常 都
伊藤涼子選
銭湯は今日は桜湯行つてみるか 弘道
桜海老干すくれなゐの命かな 光枝
あるだけの花を散らして目黒川 雅子
松多酔眼選
職退いて田打つ真紅のトラクター 隆子
鯖街道春が近江を指して行く 弘道
近道は昔のままに春の泥 裕子
≪飛岡光枝選≫
【特選】
春筍目も覚めぬうち食はれけり 雅子
筍掘り名人は、ほんの少しの土の盛り上がりで見つけるという春の筍。「目も覚めぬうち」が気の毒ながら愉快。目が覚めないうちに掘って、茹で上げて、「食はれけり」まで言ったことで春らしい勢いが生まれました。
土筆和あくのつよきも混じりけり 隆子
春の山菜の魅力はそのあく。句はそのあくに焦点を当てました。土筆の風貌(?)から、人間の集団のようでもあります。
【入選】
比良八嵐京津線は峠越え 酔眼
原句は「比良八講京津線の峠超え」。「比良八講」は古くは近江の比良明神の春の法会で、現在は琵琶湖上で法要が行われています。「比良八講」はその行事をさす季語、「比良八荒」はそのころ比良山地から吹き下ろす強風により琵琶湖が荒れる天文の季語です。句は、京都市内から琵琶湖方面へ向かう京津線の逢坂山越えでしょうか。春先の強い風に向かい峠を越えて行く列車の姿が見えるようです。
束ねゆく茎みづみづし黄水仙 涼子
白い小さな花を付ける水仙は冬の季語ですが、黄水仙は春三月ころから花壇を華やかに彩る水仙です。句は大振りな黄水仙の存在感を際立たせる一句です。より手触りを感じさせる「茎きしきしと」なども一考ください。
銭湯は今日は桜湯行つてみるか 弘道
歳時記の「桜湯」は、桜漬に湯を注いでいただく飲み物ですが、句は桜の入浴剤のお湯が楽しめる銭湯。湯を注ぐと桜漬がゆっくりとほどけるように、作者の身心もお湯にほどけてゆくことでしょう。「行つてみるか」の口語体も活きています。
親不知子不知波寄す桜貝 利通
難所として知られる親不知子不知ですが、春には少し波が穏やかになり桜貝が打ち寄せるのでしょうか。原句は「親不知子不知あたり桜貝」。「あたり」は句を弱くすることが多いのでご注意を。
職退いて田打つ真赤なトラクター 隆子
念願の農業だったのでしょう、田を打つ春の喜びが感じられます。原句は「職退いて田打つ真紅のトラクター」。
春日傘いつしよに畳む日の匂 良子
暑さごと日傘を畳むという句はよく詠まれますが、「日の匂」を畳むと言って春日傘らしい句となりました。
風のなか蓬摘む母丸くなり 光尾
丸くなって蓬を摘むのではなく、丸くなった母上が蓬を摘んでいる句です。原句は「春光や蓬摘む母丸くなり」ですが、しっかりした春の季語がある句に安易に「春」を入れないようにしましょう。「風のなか」でなくても、中七下五がより活きる上五を探してみてください。
鯖街道春が近江を指して行く 弘道
春らしい勢いのある句です。鯖はじめ若狭の魚介類が通った鯖街道であるだけに、句の春も海の恵を思わせます。芭蕉の句「行く春を近江の人と惜しみける」を面影に。
近道は昔のままに春の泥 裕子
「昔のままに」で切って読みます。「昔のままに春の泥」では奥行に欠けてしまいます。
花冷えの雷門や大提灯 すみえ
「花冷え」は、雰囲気先行になりがちな季語ですが、具体的に描いて実のある句になりました。「花冷えの大提灯」とするとより焦点が定まるかと思います。
ハーメルンの笛のひやらりこ花ゑんど 利通
笛の音に囃されて豌豆の蔓がぐんぐん伸びていくよう。文字を眺めていると「ゑ」が豆の蔓のようにも見えてきました。
正しくは「花ゑんどう」ですが、作品ですので作者の意図であれば「花ゑんど」でも。