今月の季語(五月)初夏
春が待たれる季節であるのは、〈待春〉という季語があることからも明らかです。初春が新年と一致していた昔はなおのこと。ですが私はそれ以上に夏が待たれます。なぜなら花粉が飛ばなくなるから。どのみちマスクはとれない昨今ですが、賛成の人は多いと思っています。
〈夏隣〉〈夏近し〉とはいいますが、夏を待つという季語はありません。近づいて来る夏への期待はありながらも、〈ゆく春〉を惜しむ気持ちが強いからかもしれません。冬が去るのは惜しみませんが、春の終わりには〈惜春〉というムードたっぷりの季語があります。
夏近し幹は幹色葉は葉色 宇多喜代子
春惜むおんすがたこそとこしなへ 水原秋櫻子
待たれ、そして惜しまれた春も移ろい、暦の上の区切り〈立夏〉(今年は五月五日)を過ぎると一気に夏めいていきます。立夏はまさに夏への扉といえるでしょう。
プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
子に母にましろき花の夏来る 三橋鷹女
おそるべき君等の乳房夏来る 西東三鬼
夏のはじめが〈初夏(しよか/はつなつ)〉です。〈はつなつ〉とひらがな表記されることもあります。「初」のつく語には「待ってました!」の心がこもっています。初花しかり、初鰹しかり。恋々と春を惜しんでいた人々も〈初夏〉と口にした瞬間、待ち人来たるの気持ちに切りかわるのではないでしょうか。
初夏の一日一日と庭のさま 星野立子
銀の粒ほどに船見え夏はじめ 友岡子郷
「待って」いたのは、じくじくと蒸したり、灼けるほど熱かったりの夏ではなく、すっきりとして充実した気分になる夏の始まりのみ。待春はあっても待夏が無いのはそのせい(?)かもしれません。
初夏は現代のカレンダーでは五月のころです。〈五月(ごぐわつ)〉はそのまま季語として使えます。
目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹 寺山修司
地下街の列柱五月来たりけり 奥坂まや
五月を「さつき」と読むと陰暦五月の異称となり、仲夏の季語となります(皐月とも書きます)。現代の五月はおおよそ陰暦四月〈卯月〉です。
酒のあと蕎麦の冷たき卯月かな 野村喜舟
そのころのすこし汗ばむ暑さを指して〈薄暑〉といいます。これもまた初夏限定の季語です。
街の上にマスト見えゐる薄暑かな 中村汀女
フランスの水買つて飲む薄暑かな 井越芳子
沖縄ではおなじころを〈若夏〉と呼びます。稲の穂が出るころあいといいますから、体感は異なりそうですが、語感には今から育ってゆく夏の喜びが詰まっています。
若夏の魔除獅子いかる屋根の上 角川源義
五月も下旬となると麦が黄熟し、刈り入れ時を迎えます。〈麦〉は植物の季語ですが、〈麦秋〉〈麦の秋〉は時候の季語、初夏の季語です。
クレヨンの黄を麦秋のために折る 林 桂
さてこのすがすがしい夏を、どの季語で表しましょうか?(正子)