今月の季語(6月)木の花(2)
新緑から万緑へ移りゆくころとなりました。南のほうから梅雨前線も迫ってきています。そんなころの木の花(木本の意で使っています)として、誰もがまず思い浮かべるのは〈紫陽花〉ではないでしょうか。色の七変化が楽しいだけでなく、花や葉の形に意匠を凝らした園芸種が次々に生まれています。
紫陽花や白よりいでし浅みどり 渡辺水巴
あぢさゐの藍をつくして了りけり 安住 敦
移り気という花言葉もあるそうな。そういう紫陽花なればこそ、
あぢさゐやきのふの手紙はや古ぶ 橋本多佳子
という句も実感とともに受け止めることができるのでしょう。
陰湿な環境を好む紫陽花ですが、ある意味ではこの時期の花形ともいえるでしょう。
ザクロの木が遠くからでもぱっと目を引く朱い花をつけるのもこのころです。
花石榴雨きらきらと地を濡らさず 大野林火
日のくわつとさして石榴の花の数 小林篤子
近くで仰ぐとガラス細工のような…。「雨きらきら」や「くわつと」射す日に、その透明感が際立ちます。
柿若葉重なりもして透くみどり 富安風生(初夏)
若葉のころには息を呑む美しさであった柿の木は、更に茂って葉の数が増えるだけでなく、葉の厚みが増すからでしょうか、晴れた日には照り、雨の日には冥い木になっています。が、よくよく仰ぐと、青葉の間に薄緑にも見える花をたくさんつけています。大概は木の下にこぼれた花を見て気づくことになりますが、壺型の硬質な象牙色の花です。
柿の花こぼれて久し石の上 高浜虚子
百年は死者にみじかし柿の花 藺草慶子
呼鈴に声の返事や柿の花 小川軽舟
掃き寄せられなければいつまでも転がっているような質感です。昭和一桁生まれの女性が、紐で繋いで首飾りにして遊んだとおっしゃっていましたが、宜なるかな。
視覚より嗅覚に訴えてくる花としてはまず〈栗の花〉でしょうか。
花栗のちからかぎりに夜もにほふ 飯田龍太
栗咲く香この青空に隙間欲し 鷲谷七菜子
ムッとした青臭い匂いにあたりを見回すと、かなり遠くに噴水のような花盛りの栗の木を見つけることがあります。ここまでに「にほふ」のかと驚くほどです。
〈椎の花〉もなかなか強烈。神社などでよく見かけます。
椎の花鉄棒下りし手のにほふ 福永耕二
芳香の代表としては〈定家葛の花〉を挙げてみましょう。
虚空より定家葛の花かをる 長谷川櫂
蔓性なので巨木に巻き上って高みから香を降りこぼします。好んで生垣に使う人もいます。先日グリーンカーテン状にしているお宅を見つけ、羨ましく思ったのですが、常緑なので冬は日当たりに問題が出るのでは、とつい余計な心配をしたのでした。(正子)