今月の季語(5月)_更衣
冷暖房の完備、家屋の設備の進化等々により、私たちの衣服環境も以前とはまるで様子が変わっています。真冬にレースのブラウス、真夏にブーツ(一応サマーブーツと呼ぶようですが)も珍しくありません。むしろ冬に厚手のセーターを着ることのほうが珍しくなってきました。
加えて昨今の天候不順。今年の春も、片づけた冬物を繰り返し出すことになりました。こうなってきますと、衣がえはしない、という人がいても不思議ではありません。
この衣がえ、漢字では〈更衣〉と書きます。昔は陰暦四月一日をもって衣類や調度を夏のものに改めていました。「四月一日(姓)さん」が「わたぬきさん」であるのは、そのゆえんです。この日をもって、綿の入っていない衣類を着用するという意味です。また『源氏物語』の冒頭「女御更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに」のフレーズは有名ですが、この「更衣」は、本来は天皇の衣類関係を司る役職を表しました。宮中行事を表す語でもあり、もともとは単に衣を入れ替えるというより、季節の節目の行事としての意味合いが大きかったようです
百官の衣更へにし奈良の朝 高浜虚子
更衣駅白波となりにけり 綾部仁喜
誰にも身に覚えのある、日にちを決めて一斉に行う更衣の句です。私も最近まで「まだ寒いのに」とか「もう暑いのに」と呟きながら、娘たちの制服の更衣をしていましたが、してしまえば、目にすがすがしく、気持ちが改まる効果は絶大でした。
越後屋にきぬさく音や更衣 其角
この句の越後屋は江戸日本橋にあった呉服屋で、三越の前身です。「現金掛け値なし」の新商法で大繁盛していました。更衣の日の商いの賑わいと庶民の活気が、いきいきと伝わってきます。季節に従って生活を刷新していく心意気と言えましょうか。それがあるからこそ、
人にやゝおくれて衣更へにけり 高橋淡路女
という句が成り立つのでしょう。
ともしびの明石の宿で更衣 川崎展宏
白神に旅の衣を更へにけり 黒田杏子
旅という非日常での更衣を詠んだ句です。今日は更衣だから、と意識するのとしないのとでは、一日の過ごし方が変わってくる気持ちになります。
めぐり来るものに虔み更衣 村越化石
やはらかき手足還りぬ更衣 野澤節子
気候の変化、文明の進化に適応しつつ、新緑の五月、気持ちの更衣をいたしましょう。(正子)