加賀の一盞(12月)能登の海鼠

これを最初に口にした人は大したものだ、と世間でよく言われるものがある。その最たるもののひとつに海鼠がある。まさに海の鼠のような形をしている。ただ髭と足と尻尾が無いだけだ。
この少しグロテスクでもある海鼠、特に能登の海鼠の素晴らしさを今回紹介したい。
11月6日と言えば北陸から山陰にかけての日本海で蟹の解禁日である。その同じ日、能登の海鼠漁も解禁になる。蟹よりも海鼠が待ち遠しく感じる好き者が私を含めて金沢には多い。料理屋で蟹をむさぼっている横で一人寡黙になまこ酢をつまみ、温め酒をちびりちびり楽しむ。これぞ至福のひととき。こりとした歯触りから嚙み切ると淡い風味、お店の三杯酢がからみつく。
ここでさらに海鼠の楽しみをふたつ、そのひとつが海鼠腸(このわた)。なまこの内臓を塩辛にしたもの、身の淡白さからはかけ離れた磯臭さが凝縮されている。これこそ旨味のある能登の地酒の燗が絶妙、ひと口で広がるなまこの磯の香をさらに濃厚にして流してくれる。盃にこのわたを少し入れ燗酒を注ぎ頂く、これこそ通。
もうひとつ、これぞ珍味の王様、干くちこ。金沢ではその高級さから、おくちことも言う。なまこの内臓、その卵巣のみをひと筋ひと筋紐に掛けて干したもの。一辺7センチくらいの三角形が一枚で、作るのに数十キロの海鼠が必要になる。これを少し炙って酒の肴にする。ここまで来ると食通を通り越して粋の領域に入る。もちろん地酒との相性は抜群である。もっと贅沢なのはみじん切りにした干くちこの炊込みご飯。部屋中に広がる芳醇な香り、まさに天国か竜宮城。
蟹の陰に隠れた能登の海鼠、冬の心地よい酔いへと導いてくれる。ぜひご賞味を。
まるまると太るしあはせ能登海鼠 淳
