今月の季語(8月) 蟬
七月末現在、私の住まうあたりでは、〈ひぐらし/かなかな〉が朝方と夕暮どきに鳴くようになりました。昼間は油蟬が声をはりあげています。最近ようやく〈蟬時雨〉と呼べるようになってきましたが、今年は出足がかなり遅かったように思います。皆さまのところではいかがでしょうか。
〈ひぐらし〉は〈秋〉の歳時記に載っている蟬ですが、私の近所ではいつも梅雨明けのころ鳴き始めます。真夏も暑い時間帯にはひそんでいますが、涼しい風の立つ朝夕には、思い出したように鳴いています。やがて夏が逝き、日中の気温が下がってくると、昼間もずっと鳴き続けることになるのです。
かなかなのよきこゑにゐる朝夕べ 森 澄雄
ひぐらしに肩のあたりのさみしき日 草間時彦
八月の季語としては〈ひぐらし〉や〈法師蟬〉がふさわしいのですが、全盛を迎えているはずの〈油蟬〉や〈熊蟬〉などの真夏の蟬に元気がありません。暑すぎて体内時計が狂ってしまったのでしょうか。地下で七年過ごす間に、頭上の森がビルに変わってしまった気の毒な蟬もいたかもしれません。
死蟬をときをり落し蟬しぐれ 藤田湘子
女ざかりといふ語かなしや油蟬 桂 信子
蟬に限らず、鳴く虫はそれぞれに適った気温のときに鳴きます。秋の蟬とされるひぐらしが、夏の間は朝夕にのみ鳴くのはそうしたわけです。油蟬、熊蟬などの真夏の蟬がなかなか鳴き始めなかったのも、不安定な気候のせいかもしれません。
蟬の仲間でいちばん遅くに現れるという〈法師蟬〉は、〈ひぐらし〉同様秋の季語です。〈つくつく法師〉〈つくつくし〉などいろいろな呼び方があります。
我が狂気つくつく法師責めに来る 角川源義
尽く尽くと何急かすなる法師蟬 文挾夫佐恵
面白い鳴き方ですが、例句を見る限りでは、楽しげに聞き取る人のほうが少ないかもしれません。
〈蟬〉といえば夏の季語ですが、秋になったからといって、ぱたりと鳴き止むものでもありません。それでもいつしか勢いが衰えがちとなり、ふと気付くと何匹か数えられるほどの鳴き方になっていたりします。こういう蟬を指して〈秋の蟬〉といいます。
啼き終る時みな孤なり秋の蟬 馬場駿吉
碧空のひかりを収め秋の蟬 飯田龍太
蟬と入れ替わりに勢いづいてくるのが〈虫〉。俳句の〈虫〉とは、秋に鳴く虫をさします。昼の蟬から夜の虫へ。徐々にですが、大きく変わる季節が近づいています。(正子)