コロンとした緑の頭の先に濃い黄色の3-4センチの花を開かせる紅花。原産地はアラビアあたりから北アフリカといわれています。細い花びらはやがて黄色から赤い色へと変わっていきます。同じキク科のアザミのように花の周りに小さな葉があり、その下の薄緑の茎についている葉は、触ってみると少しざらりとした感覚が手に残ります。よく見れば縁にある小さな棘が原因でした。枝別れした茎のそれぞれの先に、花を一輪ずつ付けます。
紅花はかつて末摘花と呼ばれ、源氏物語の末摘花の巻が思いだされます。主人公の女性は鼻の先が赤いため、高貴な家の出であるにも拘わらず内気で、その容貌は源氏も気の毒に思うほどでした。「末摘花」とは源氏がつけたニックネームです。性格のいい姫のことを自分は決して嫌いでないことを伝えようと、姫を紅花の愛らしさにたとえた源氏のやさしさとユーモアを、紫式部はこの巻に込めたかったのかもしれません。
源氏物語が書かれるずっと以前の紅花が、古墳から顔料として発見されています。中国経由で渡ってきたところから呉(くれ)の国からの藍、「呉の藍」から「紅(くれない)」となっていったと辞書にはあります。では何故「藍」なのか。色の藍は今では青をさしますが「藍」を色という総称で使っていたのではという説もあります。この花は染料の他、薬、口紅や頬紅などの化粧品、実からサフラワーと呼ばれる食用油、と広く使われています。
10年ほど前、紅花の染料を使った着物をある方から手渡されました。様々な表情の色で染め上げられた糸による薄紅の紬で、とても自分では手の届かないものでした。広げると背中を中心に大きな桃の花が一輪織りこんでありました。「私には派手になったわ。あなたに似合うと思う。でも光加さんも派手になったら言ってちょうだい。その次の人に渡すから」。晴れの日には着させていただいていたこの着物は今年、顔写りもすこし変わってきたのでお返ししました。こうして次の方がまた、紅花の命を受け継いでいってくださることでしょう。
そのまま乾かせばドライフラワーにもなり、また別の個性を発揮する紅花。紅花は巧みにその用途とかたちを変えて、人間の生活の中でずっと生き続けていくのではないでしょうか。(光加)




「きごさい」のイベント【花仙の会】で俳句の清書を担当された日本画家、杜今日子さんの絵本が発売されました。
鹿の子が生まれる季節になりました。
5月1日。フランスではメーデーとともにスズラン祭りの日です。それぞれの幸せを願ってこの清楚な花の贈物が交わされます。新緑も濃さを深めていく中、この日、街の中で特に目につくのがバラやカーネーションではなくスズランというところがこの国の繊細でしゃれた文化の一面を語っているように私には思えます。その歴史は16世紀、時のシャルル9世が臣下の女性たちに贈ったのがはじまりといわれています。
苺の売り上げが伸びるのはクリスマスの頃と旬のものが出回る頃と聞きましたが、季節感の失われた昨今、何時が旬なのかわからないものも多いようです。苺の花は晩春、実は初夏の季語です。白く咲いた花の芯の部分をよく見ると、もう苺の形をしているのがわかります。
麦に関わる季語は、米ほどではありませんがたくさんあります。さきごろ米よりパンの年間支出額が高くなったことがニュースになりましたが、麦は昔から日本人の生活に欠かせないものとして栽培されてきた植物ではあったのです。