a la carte_バレンタインの花

2月14日のバレンタインの日には、日本では気にかかる男性に女性からおおっぴらにプレゼントを贈る事が出来る日とされています。多少の義理と義務とを感じつつ贈り物をする女性たちもこれに加わって、チョコレート売り場はにぎわいます。そして、関連のビジネスに携わる人たちはこの日をこれでもかと盛り上げようとします。けれども外国では、男性から女性へプレゼントするといったほうが多く見受けられるような気がします。日本でも女性同士の友チョコ、自分用のチョコと贈る範囲も広がってきていますので、これからは女性から男性へだけでなく、男性から女性へ贈る人も増えて双方からということになっていくのではないでしょうか。
旧知のN夫妻と久しぶりに会う機会がありました。昔話をしながら突然N氏が言うには(あの出発の時、君に薔薇をあげたよね?船の上で)N氏と私は学生時代、異なった大学から選抜の男女20名と引率の教授とで横浜港からヨーロッパに研修旅行に出発したメンバーです。1ドルが360円の時代です。
バラ!? 私にはまったくそんな記憶はありませんでした。(そんなことあった?それは私じゃないわよ。多分他の人よ。あなたがあげたのは)(いや、君にだよ)といった会話が交わされるうちに、私は少しずつ思い出してきました。
当時N氏は医学生、背が高く少しエキゾチックな風貌。あまたの女子の熱いまなざしをうけていて、私はフーン!とななめからそれを見ていました。(違うわ。私じゃないわよ。その花束をもらったのは)(絶対にあげたのは君。いやだな、覚えてないの?!)(私のはず、ないでしょう)(ひどいなあ)隣で会話をきいていて笑いをこらえる奥方。
ガールフレンドから花束をもらったのはいいけれど、狭い船室の中で花をいれておく入れ物も探すのもめんどうくさい。それでいけばなを習っていた私にということか。少しずつ思い出してきました。夏だったことと、手渡す前に長い間にぎりしめられていたのか薔薇はずいぶん開いていて少しくたっとしていたけれど、ピンクの大輪のいい薔薇で水の中に入れるとしゃんとして殺風景な船室が華やかになったのでした。あれは10本くらいあったでしょうか。次々と細かい記憶もよみがえってきました。バレンタインでなくても人が花を贈るところにはいつも物語がついてきます。
そのバレンタインに贈る花といえばやはり赤い薔薇の切花が多いのでしょうか。何でもビジネスに結びつける日本はともかく、海外の国々ではこの日はどううけとめられているのか、私のいけばなの生徒を中心に何人かに尋ねて見ました。答えが帰ってきたのはアメリカ、カナダ、オーストリア、フィンランド、ドイツ、スペイン。男性から女性へのプレゼントはやはり赤い切り花の薔薇が多かったのは予想どおりでした。でも今ではこういうこともある、と付け加えられていることもありました。
アメリカからの情報では、茎の長い赤い薔薇の切り花はもちろんのこと赤いアマリリスなども近頃人気とのこと。スイートハート(恋人)にスイート、つまり甘いものを贈るのもあり。チョコレートもキャンデイとよぶのでお菓子はなんでも。カナダもしかり。スペインはカルメンの口元にも情熱の赤い薔薇がくわえられるとおりです。赤でなくてもピンクも可、季節の花というところも多かったです。
フィンランドは、2月14日のこの日はそんなには認識されてはいないけれど、あえていえば見かけるのはピンクのチューリップだそうです。輸入物で高いこの花、私も見かけましたが湾も凍りつく2月のフィンランドでは、春を待つ心も添えられているのでしょう。
ドイツはまさにお花屋さんのかきいれ時。それは特別だったのか、お花屋さんと学校の何らかの関係でなのかわかりませんが、日本の中学高校に当たる学校では14日の少し前に注文をとりにきた花屋さんにオーダーすると、その学校にいる相手の子に当日届けてくれたそうです。そのドイツも今は切り花のほか鉢植を贈ることもあるそうで、できるだけ後まで残るようにということでしょうか。植物の種類は何でもよく、ドイツ人の堅実、かつ合理的な一面がここにも見えるような気がします。女性から男性への贈り物はワインやチョコレート、男性用香水などが人気とか。
オーストリアは切花の赤薔薇が主ですが直前はとても高くなるので、若い人は薔薇一本にワイヤーでつくったものや紐やシールなど赤いハート型のマークをどこかにつけるそうです。ひと手間かけて気持がどれだけこもっているかどうかという大事なところです。そして男性は配達を頼まず持参するほうが女性の得点が高いのだそうです。
それからオーストリアのスパの中には、この日に近い週末の2日間宿泊つきでバレンタインスペシャルといってキャンドルライトの下で、花とともにロマンチックなデイナーを、などと大々的に宣伝をしているところもあるようです。
スパといってもヨーロッパのスパは、日本の温泉とは少し違います。スイスのアルプスの中のスパにフィンランドの夫婦に連れていってもらったことがあります。カウベルが聞こえてくる澄んだ空気の中、すぐ目の前に迫るアルプスの絶壁を眺めながらの野外の温水プール、現代建築家のデザインの趣向を凝らしたプールも室内にもいくつかありました。時差で眠れないため真夜中にふと窓を開くと満天の星。すべての灯りは消されていたので、自分自身も天空の星と共に空間に浮遊するような気持を味わい、見あげているうちに、人間は宇宙のただの一部、なんと小さく、与えられた時間は短いのだと思ううちなんだか眼のそこがうるうるとしてきました。そんなスパにバレンタインの日に招待されたら、ぐっと気持も傾くこと請け合いでしょう。
こんな経験は特別としても、やはり女性は花をもらって悪い気はしないと思います。それに心がこもっているということとセンスの良さがちらりと見えればなおさらです。
世の男性の皆様がた、もしバレンタインやそのお返しのプレゼント、迷っておいでならやはり花をお勧めいたします。初めにあげたN氏の薔薇のように、そこに到るいきさつ、動機は別として40年の時をへても人の心の中に記憶の淵から突如として浮かび上がり、瑞々しい花が鮮やかに咲くのです。しかも思い出の中の薔薇は相手にあげた実物よりずっと美しくなっているはずなのです。(光加)
