a la carte_木五倍子(きぶし)の花

木五倍子、と書いてすぐに(きぶし)と読める人は俳句や短歌をなさっている方たちを除けば 意外と少ないのではないでしょうか。
年に一度か二度、この季節にこの花きぶしを手にすることはありますが、私がこの漢字を知ったのはいけばなをはじめて数十年たってからの事でした。
すこし撓んだ線を描く枝から、薄緑の4cmから8cmくらいの花の房がたくさん垂れ下がっています。はじめは枝と同じ茶色をまとって下がっている花々ですが、うす緑の花の先が現れて開きはじめると、あとを追いかけるように枝先から縁にぎざぎざのある葉がひとつ、またひとつと芽吹いては開いていきます。
鐘の形のようなこの花のひとつひとつの長さは7ミリにも満たないのですが、花達は行儀よくびっしりと集まってひとつの房を形成して、その房が隣り合って枝の上で同じ方向を向いて下がっているのです。この姿が藤に似ているというので、きふじ〔木藤〕ともよばれています。
たっぷりと花房をつけていても、枝をもってみれば全体は見た目よりは重さは感じません。その褐色の少し光沢のある枝のおおらかな線が、早春独特の浅い黄緑の花をよく目立たせています。花の初々しい緑は、いってみればベビーグリーンでしょうか。嬰児(みどりご),という言葉を思い出させるきぶしの花の色です。
同じような植物で、少し花や枝が大きいものを見かけたら、それは変種の八丈木五倍子(はちじょうきぶし)です。
ところで日本原産のこの植物にどうしてこの漢字をあてるようになったのでしょうか。
この、木五倍子の字から〔木〕をとると五倍子となり、フシと読みます。フシとは虫がうるし科のヌルデなどの葉についてつくるコブをかわかしたものをさすそうで、染料になります。フシに酸化鉄など他の材料を混ぜてつくられるもののひとつが、お歯黒に使われます。その五倍子の代わりとして使われたのがこのきぶし、つまり(木)の五倍子というわけで、染料になるのは木五倍子の花ではなく、やがて結実して黄褐色になった1センチくらいの実からとったものです。
山すそを歩いていると、芽を出し始めた木々の中でたくさんの花序が垂れ下がり、風に揺れているやさしげな、けれど素朴なこの花に会うことがあるでしょう。その風は、間違いなく春の風ということがわかる木五倍子の花なのです。(光加)
