今月の季語(4月) 春の雨

「春雨じゃ、濡れて参ろう」というセリフがしっくりくるように降るイメージがありますが、春の雨だからといって、必ずしもしっとり降るとは限りません。横殴りに冷たく降っても、立春以降の雨であれば〈春の雨〉〈春雨〉と呼ぶことができます。
厳密に言えば、〈春雨〉のほうは『万葉集』や『古今集』の時代から和歌に詠まれてきた題であり、芭蕉の時代には〈春の雨〉とは区別して使われていました。現代においては使い分けの決まりはありませんが、半平太のセリフのように、春雨のほうが静かであたたかな気分が漂うかもしれません。
春雨や美しうなる物ばかり 千代女
がうがうと春の雨ふる滝の中 原子公平
寒が明けたばかりのころは、「春の」雨という気分で、春になったことを意識した使い方をすることもできるでしょう。寒中の昨日までと同じように降っていても、なにがなし華やぎのようなものが加わります。一方、春雨のほうは和歌の伝統を踏まえた季語ですから、語自体に雅な雰囲気が自ずと備わっています。
春雨にすこし濡れ来て火桶かな 松本たかし
そのイメージがあるからこそ、
春雨のかくまで暗くなるものか 高浜虚子
のような詠み方も成立するのでしょう。
晩春のころには、私たちの意識の中にも春の季感が定着していますから、目の前の雨を〈春の雨〉と呼んでも〈春雨〉と呼んでもほぼ同義となっている、と言うこともできそうです。
風光る春ではありますが、雨に見舞われることが意外に多いです。ことに三月から四月にかけての菜の花が咲くころ、長雨に降られることがあります。その雨を〈菜種梅雨〉といいます。
豆を煮る母のうしろは菜種梅雨 鳴戸奈菜
火事跡に三日三晩の菜種雨 矢田邦子
にわか雨のほうは〈春驟雨〉といいます。現象としては〈春時雨〉と似ています。〈春時雨〉は三春の季語となっていますが、〈時雨(冬)〉の語感から、春たけなわになってくると使いにくいところがあります。〈春驟雨〉のほうは〈驟雨〉が〈夕立(夏)〉と同義に使われることもある語だけに、晩春のころのにわか雨に適った語かもしれません。
春の驟雨たまたま妻と町にあれば 安住 敦
桜の開花の後は〈花の雨〉も美しい春の雨です。目の前の桜に降る雨の意でも、花どきに降る雨の意でも使えます。
二歩三歩そして傘さす花の雨 上野章子
花の雨エレベーターのなか濡れて 宮津昭彦
春の雨だからと油断していると風邪をひきます。「春の」がついて華やかになるといっても〈春の風邪〉は遠慮しておきたいものです。(正子)
