今月の季語(6月)麦秋
麦に関わる季語は、米ほどではありませんがたくさんあります。さきごろ米よりパンの年間支出額が高くなったことがニュースになりましたが、麦は昔から日本人の生活に欠かせないものとして栽培されてきた植物ではあったのです。
現在ではもっぱら輸入に頼り、麦畑はあまり見なくなりました。国内産の小麦粉は稀少で高価です。
その麦は五月から六月にかけて収穫期を迎えます。電車の窓から一面こがね色の畑を見かけたら、麦畑かもしれません。今は麦にとって秋(=収穫期)。梅雨入り前の今が〈麦の秋〉なのです。
麦秋と思ふ食堂車にひとり 田中裕明
この句のように「ばくしゅう」と音読みで使うこともあります。
さて麦の蒔きどきは、種類や地方によって異なりますが、季語としての〈麦蒔〉は初冬です。冬枯れの中〈麦の芽〉が鮮やかな緑に伸びていく景色は印象深いです。
虔ましき姿に人の麦を蒔く 高橋淡路女 〈冬〉
麦の芽をてんてんと月移りをり 加藤楸邨
〈麦踏〉は、麦の芽が伸びすぎないように、また霜で浮き上がった根を押さえ、張りをよくするための作業です。春もまだ寒い時期の季語です。そして春の暖かさの中で〈青麦〉が畑を明るい緑で覆っていきます。
歩み来し人麦踏をはじめけり 高野素十 〈春〉
青麦のたしかな大地子の背丈 佐藤鬼房
そのようにして迎えた収穫期〈麦の秋〉です。〈麦刈〉ほか 〈麦打(=麦の脱穀)〉〈麦埃(=脱穀のときに出る埃)〉〈麦藁〉など収穫に関する季語がたくさんあります。
麦刈りて墓の五六基あらはるる 細身綾子〈夏〉
麦車馬におくれて動き出づ 芝 不器男
※麦車=刈った麦を積んだ車
麦打の掃き浄めたる一ところ 軽部烏頭子
水といふ水にありけり麦埃 高浜虚子
麦藁の今日の日のいろ日の匂ひ 木下夕爾
脱穀したあとの麦藁を使った〈麦藁籠〉〈麦藁帽〉、また夏の飲み物としての〈麦茶〉も季語です。
ねぢれつつ麦藁籠や太り行く 篠原温亭〈夏〉
麦藁帽振れば故郷寄せて来る 相原左義長
端正に冷えてをりたる麦茶かな 後藤立夫
今年の藁を使って籠や帽子を編み、収穫した大麦を煎って作った麦茶を煮出して冷やして飲む、という暮らしの季節感が下敷きとなっています。
〈麦笛〉は麦秋のころの子どもの遊びです。「でした」と過去形にしたほうが現実的かもしれません。
麦笛を吹くや拙き父として 福永耕二〈夏〉
麦と人が寄り添ってきた証を、せめて季語に求めようではありませんか。(正子)