今月の季語(5月)夏の風
春は東から、秋は西から、冬は北から吹くという風。さて夏はどちらから?
もちろん天気図を見れば明らかなように、日により地域により風はさまざまな方角から吹きます。季節に東西南北を当てるのは五行の考え方によります。が、風向きが南寄りに変わってくると体感的に夏の到来を実感するのも事実です。
風の名前は多く、夏の歳時記に掲載されている主だったものだけでも、南風(みなみ、みなみかぜ、なんぷう)、はえ、まじ(まぜ)、くだり、ひかた(しかた)、あい(あえ)、だし、やませ、いなさ、……と続きます。読み方も一通りではありません。詠むときには、身に添った、実感のある〈夏の風〉を選びましょう。
南国に死して御恩のみなみかぜ 摂津幸彦
南風吹くカレーライスに海と陸 櫂未知子
海彦を悼めば南風の青岬 橋本榮治
南風と書いて「みなみ」と読むことも、「はえ」と読むこともあります。「はえ」と読むときは〈黒南風(くろはえ/くろばえ)〉〈白南風(しろはえ/しろばえ/しらはえ〉と読み分けることのほうが多いかもしれません。
黒南風や波は怒りを肩に見せ 鈴木真砂女
白南風や海の青さの河口まで 三村純也
黒南風は梅雨のころに吹く陰鬱な南風。白南風は梅雨の晴れ間や梅雨明け後の明るい南風です。例には対照的な二句を選んでみました。では次の句の□にはどちらの色が入るでしょう。
□南風の夕浪高うなりにけり 芥川龍之介
龍之介は「白南風」で詠んでいますから、正解は「白」ですが、では黒では成立しないかと問われると、しそうに思えてきませんか? 黒南風、白南風は「まず季語ありき」というより、景に明るさや色彩を加える季語といってもよいのかもしれません。
黒と白に加えて青もあります。
濃き墨のかはきやすさよ青嵐 橋本多佳子
紀の川を吹きてくもらす青嵐 右城暮石
青嵐は万緑をゆるがして吹き渡る風です。明るく強いイメージが好まれます。
やませ来るいたちのやうにしなやかに 佐藤鬼房
〈やませ〉は、夏にオホーツク海高気圧が発達して三陸沖までせり出し、北海道や東北地方に吹きこむ冷湿な風のこと。北東もしくは東から吹きます。冷害を起こすため恐れられてきた歴史があります。「しなやかに」は賞賛ではなく、ぞっとしているのです。
「流し」と呼ぶ風の季語もあります。
庭に母の声して茅花流しかな 古賀まり子
きのふ掘りけふは筍流しかな 飴山 實
野に茅花の穂がほころび、白い穂絮が一面に吹き倒される景は壮観です。これが茅花流しです。梅雨の先触れの雨を伴うことが多いので「氵」も宜なることですが、その時期に吹く南風をこう呼びます。同様に筍が生えるころに吹く雨気をはらんだ風を〈筍流し〉と呼ぶのです。
〈夏の風〉〈南風〉〈青嵐〉は三夏通じて使えますが、〈茅花流し〉〈筍流し〉は初夏、〈黒南風〉は仲夏、〈白南風〉は晩夏です。また、これらはほぼ全国区で使えますが、前出のひらがな書きの風は地域限定です。調べてみてください。(正子)