今月の季語(七月) 夏の星
月の季語を追う途中ですが、今月は星の季語を挟むことにしましょう。
〈夏の風〉〈夏の月〉のときと同様に、夏期の星をさす季語に〈夏の星〉があります。
アラビヤの空を我ゆく夏の星 星野立子
嘴あらば銜へむ夏の星赤し 正木ゆう子
子へ与ふ一字探しぬ夏の星 辻 美奈子
明治生まれの立子ですが、渡航経験は豊富です。アラビヤを目的地としたことはなさそうですから、インドからヨーロッパへ回った旅の際に上空を通過したのでしょう。魔法の絨毯でアラビヤの夜空を飛びゆくようでもあり、星々の間を抜けてゆく銀河鉄道のようでもあります。こんなことができるようになるなんて、と嬉々としていそうです。
天体の捉え方がユニークな正木さんは、夏の星をついばみたく思っているようです。赤い星はアンタレスでしょうか。苺、というよりカシスの味がしそうです。
辻さんは『真咲』という句集を出されたときに、句集名にはお嬢さん方の名前から一字ずつ貰ったとおっしゃっていました。夏の星を仰ぎながら探し当てたのは、さてどの文字だったのしょう。
熱帯夜に星を仰ぐこともあり得ますが、〈夏の星〉の句を読んでいると涼しいといわれなくても涼しくなってくるようです。
白髪の母似と言はれ星涼し 栗田やすし
星涼しアンデルセンの童話など 星野麥丘人
父祖の地に入りて微塵の星涼し 橋本榮治
栗田さんは今風にいうならば見事なグレーヘアの紳士です。真っ白でふさふさのシルバーヘアというほうが適っています。髪は「母」からの遺伝であったと判明するころには、「母」はかの世へ渡られているかもしれず。いよいよ涼しく星を仰ぐことにもなりましょう。
麥丘人は石田波郷、石塚友二の跡を継いで「鶴」の主宰を務めた人です。星空の見える(見えそうな)窓辺でアンデルセンの童話を子に読み聞かせたことがあったのかもしれません。その夜は、子のみならず父の夢にも涼しく星が降ったことでしょう。
橋本さんの「微塵の星」は銀河でしょうか。〈銀河/天の川〉は秋の季語ですが、帰省やキャンプはむしろ夏。そういうシチュエーションに〈星涼し〉は最適な季語といえそうです。
昨年は梅雨明けが八月に食い込みました。七月いっぱいずーっと梅雨(そんな日が来るなんて、と思っていましたが、今年は西日本の梅雨入りがなんと五月に!)。〈梅雨の星〉を六月限定の季語とは言いかねるようになってきました。さて今年は?
むささびや杉にともれる梅雨の星 水原秋櫻子
梅雨の星齢といふも茫々と 廣瀬直人
晩夏限定の星の季語もあります。〈旱星〉です。夜になっても全然涼しくならない! というときに登場しそうな季語です。
蛇・蝎・サザンクロスも旱星 鷹羽狩行
バーボンは荒くれの酒旱星 牛田修嗣
暑さに濁る大気を通過し、地上に光が到達するのは一等星でしょうか。旱星とは禍々しい名ですが、実は光の強い星なのでした。(正子)