今月の花(八月) 実桃
お雛様に飾る桃の花より、桃の実の方をより好む方も多いでしょう。桃は中国原産ですが、実を楽しむ桃は明治の終わりには水密系の桃に改良が重ねられ、白桃や黄桃など甘みの増した桃が次々とでてきました。
避暑で毎夏訪れた蓼科の山間の小さな寮の前の谷川。西瓜は買ってきたビニールの網にいれたまま、冷たい流れに冷やしていました。一緒にいれたジュースの缶の文字が水の中でゆれ、時たま小さな魚が走っていきました。
桃だけは沢の水をためた小さなアルミの桶の中に、(そっとね)という母の声を聞きながら沈めました。薄桃色の肌の、赤ちゃんの産毛のような毛茸あたりから透明な泡が立ちのぼりました。十分冷えた頃とりだし、皮をぺろりとむく間も惜しくかぶりつくと、母が(おいしそうな音を立てて食べるのね)と笑いました。あれは白桃だったでしょうか。
桃の紅茶を初めて飲んだのは30年前、イタリアのフィレンツェ郊外のある家に泊めてもらった時でした。庭のテーブルに座っていると、女あるじが水差しから甘い香りのお茶をグラスに注いでくれました。
「何かしら?」それはテ アッラ ぺスカ(桃の紅茶)でした。ガラスの水差しの底には切った桃が沈んでいました。桃を切って熱く出した紅茶に入れて冷蔵庫で何時間か冷やしただけ、砂糖もいれて、と彼女は説明してくれました。
イタリアでは暑さの増すこの季節に飲まれるようで、庭のパラソルの下での冷たい桃の紅茶は喉に心地よくしみていきました。ヨーロッパではこの時期、日本ではあまり見かけない蟠桃という平たい桃をよく見かけます。この時の桃はそれではありませんでした。
イタリア語の「pesca」は、英語では「peach」、学名は「Prunus persica」。 どこかにペルシャを思い起こす名前です。もともと中東を通ってペルシャに入ってきたので、ペルシャ原産と思った人たちが 「ペルシャのりんご」と呼んだことによります。
邪気を払うと言われる桃の力に基き、桃太郎伝説が生まれました。ここらへんで現代の桃太郎さんに登場していただき、今の世界にはびこっている鬼たちをぜひ一気に退治してもらいたいものです。(光加)