今月の花(九月) 野いばら(野ばら)の実
八月末。いけばなの花材を扱う花屋さんでは、初秋を告げる様々な花材たちが息を吹き返したような新鮮な表情で迎えてくれます。
その中に1.5メートルあまりの弧を描く枝の「野いばら」が数本、脇枝にたくさんの緑の実をつけていました。丸い実は5ミリ~7ミリ位で季節が進むと緑はオレンジや赤に代わっていきます。
日本原産の「野いばら」は、18世紀の末、来日したスエーデンの植物学者ツュンベルグがヨーロッパに持ち帰り、以来様々な交配種を産出するのに使われたと聞いています。
草むらに「野いばら」の花を見つけたのは初夏。直径1.5センチ程の香りのいい白い花がにぎやかに咲いていていたのが、ついこの間に思えます。
「いぬバラ」と呼ばれる、花が薄ピンクのバラがロサ・カニーナ。その実はローズヒップと呼ばれお茶に使われる種類の一つです。実が大きく、華やかな赤い実を下げているのは「鈴バラ」(ロサ・セテイゲラ)で、「野いばら」に比べると実が大きく先が少しとがります。弧を描く茶色の枝の大きな棘に気を付けながらいけるのも楽しみです。
日本でいけばなのレッスンにはげみ、今はドイツに住む元門下が、実がついた枝が大きく道端に出ているバラの写真を送ってくれました。「野いばら」の実は秋がくると花屋さんで手には入るけれど、写真にあるような立派なバラの枝は散歩の時は邪魔になるし、車から見ると人が歩いていても枝に隠れてしまい、運転していて危ない、切ったほうが良いのでいけばなの材料にこっそりいただく、と元門下は言っておりました。これは「いぬバラ」でしようか。
「いぬバラ」の花は可愛らしい薄ピンク色です。そう聞くと、シューベルトの『野ばら』を思い出します。「童はみたり 野なかの薔薇」というゲーテの詩は、近藤朔風氏の訳詩で知っていました。シューベルトやヴェルナーはじめ多くの作曲家を虜にして、数えきれない曲がこの詩につけられましたが、この「いぬバラ」をうたったのではないかと言われているそうです。
実際の花の色は薄いピンクですが、翻訳には「紅(くれない)におう」と出てきます。ドイツ語の分からない私はこれは本当に赤い色をさすのか、と門下に聞いてみました。この色については、ドイツの方たちもいろいろと意見があるということでした。
ゲーテはこの詩を書いたとき、牧師の娘さんに恋をしていたとか。童(少年)はゲーテ自身という説もあるそうです。実らなかった恋は薄いピンクの花を赤にして、彼の心の内にしまわれたのかもしれません。
世界遺産になっているヒルデスハイムという町のマリア大聖堂には、聖堂を覆うようにして樹齢1000年近いと言われるつる状のバラがあると聞きました。有名なこのバラの花は、ドイツの食器やカトラリーなどに「ヒルデスハイムのバラ」としてデザインされているようです。
大聖堂のバラは、ゲーテの時代も見てきたにちがいありません。どんな実を結ぶのでしょうか。いつか会いに行きたいバラの一つです。(光加)