今月の花(八月) 松虫草
高原の滞在もあと少しとなるころ、母と私は地元の知人の案内でお花畑を見に行きました。
子供だった私はお花畑というのは都会の公園の花壇のイメージしかなく、きっとたくさんの花がかたまって一か所ににぎやかに咲いているのだろう、と期待をして歩き始めました。
道はすこし登り坂となり心地よい風が抜けていく頃、草むらの中に、細い茎の頭に薄紫の小さな花びらを中心からぐるりと付けた花がゆれているのを見つけました。直径5センチくらいだったでしょうか。
「あ、松虫草!ここにも!」気が付けば花は草むらのあちこちに咲いていたのです。お花畑のひとつを形作っていました。耳を澄ませばかすかに虫の声も聞こえてきました。
これが松虫草!と私はその名前が不思議でした。愛らしい清楚なたたずまいは昆虫の松虫とにわかに結びつきませんでした。知人は「松虫の鳴き出す頃に咲くからと聞いたことがありますよ」と教えてくれました。
「松虫といえば、あなたの小学校の入学願書をとりに行ったとき、教室から(あれ、松虫が鳴いている、チンチロチンチロチンチロリン)と一年生の女の子たちが先生のピアノ伴奏で一生懸命歌っているのが聞こえてきたの。たしか秋のはじめだったわ。私、何故かはわからないけれど いい学校だなあ、と思ったの」と母が言うのです。季節に合った歌を歌っていることだけが学校を選ぶ理由とは思いませんが、次の年私はその学校の一年生になりました。
日本に自生している松虫草はScabiosa japonicaです。同じ属名scabiosaを持つ植物は西洋松虫草(Scabiosa atropurpurea)やコーカサス松虫草(Scabiosa caucasica)など外国原産のものです。西洋松虫草は中央部が丸く高くなり、コーカサス松虫草は比較すると中央は平たく花は大きめです。園芸種として色も形も多数あり、どの種類もスカビオ―サと呼ばれ花店では一年中見かけます。
花の終わった状態がどこか丸い宇宙船を思わせる形になって売られているものもあります。ステルンクーゲルという名前は、ドイツ語では星の球体という意味だそうで、不思議な形はこれもスカビオサ?と思いますが、花が咲いている時に見ると確かにスカビオサです。
紫や白のほかピンクや赤や黄色、臙脂色、紺に近い青色のもの、細かい花びらの集まった手毬のような丸いもの、灼熱の都会の中で入った花屋さんの涼しいストッカーの中に、華やかなスカビオサを見つけることがあります。色や形は異なりますが、いずれもScabiosaの属名を冠する花たち。見ていると、あの薄紫の可憐な松虫草とチンチロリンという松虫の音がどこか遠いところから聞こえて来そうな気がしてくるのです。(光加)