浪速の味 江戸の味(十二月) 王子の稲荷寿司【江戸】
甘辛く煮付けた油揚げを袋状に開き寿司飯を詰めた「稲荷寿司」は、全国で広く親しまれています。江戸でも天保年間には店で売っていた記述があるようです。稲荷寿司の名前の由来は諸説ありますが、油揚げが稲荷神の使いの狐の好物だからという説が一般的です。
東国三十三稲荷総司との伝承を持つ東京都北区の王子稲荷神社は、その住所「岸町」が示す通り切り斜面に建つ神社です。落語「王子の狐」は人を化かそうとした王子稲荷の狐が反対に騙され酷い目に会うという噺ですが、神社周辺はさも狐が巣穴を掘りそうな地形です。今はだいぶ整備されていますが、私が初めて訪れた三十数年前は今にも狐が出てきそうな風情で、狐の巣だったという穴も境内に残っていました。
当地はまた「王子の狐火」の民話でも知られています。その昔、大晦日の夜に関八州の狐たちがこの地の大きな榎の下に集まり装束を整えると、官位を求めて王子稲荷へ参殿したということです。その行列の狐はそれぞれ狐火を伴っており、近隣の人々はその数を数えて翌年の豊凶を占ったとのこと。
狐が集合する榎は「装束榎(しょうぞくえのき)」と呼ばれ、広重の『名所江戸百景』には「王子装束ゑの木 大晦日の狐火」として、狐火を浮かべた狐が集まる様子が描かれています。
王子では大晦日の夜から元日にかけて、狐顔の化粧や狐のお面を付けた参加者が裃姿で王子稲荷へ参詣する「大晦日王子狐の行列」が行われます。狐火ならぬ提灯を手に持ち、正装をした狐の行列が続きます。
王子周辺には老舗の稲荷寿司屋さんがありますが、最近では変わり稲荷寿司を販売する店も登場しています。写真の稲荷寿司は、ゴルゴンゾーラチーズ、いぶりがっこ、柚子、焦がし葱などが入っており、マヨたまごが一番人気のようです。
変わり稲荷寿司といえば、油揚げの中に蕎麦を入れた「蕎麦稲荷」を出す蕎麦屋さんがあります。今年の大晦日は裃を付けた狐たちを思いながら、年越し蕎麦稲荷をいただくのもいいかもしれません。
狐火に案内されて除夜詣 光枝