立秋を過ぎると暑さを〈残暑〉と呼び、いつまでも続く暑さを〈残暑見舞〉で労りあいます。夏の暑さより、秋の残暑がしんどいのは、疲労が累積してくるからでしょう。
ですが夏のまっとう暑さがそのあとに出回る果実を甘くみずみずしく育て、残暑に喘ぐ喉を潤してくれます。秋の果実をおいしくいただくことも、自然の巡りに身を委ねることなのかもしれません。
秋果盛る灯にさだまりて遺影はや 飯田龍太
〈秋果〉は秋の果実類の総称です。実際には個々の名前を季語として詠むことが圧倒的に多いです。具体的に見ていきましょう。
まず夏ではなく秋の季語だと知って驚く代表として〈西瓜〉。果物か野菜か問題は脇へ置くことにしましょう。
風呂敷のうすくて西瓜まんまるし 右城暮石
泣いてをり肘に西瓜の種をつけ 中嶋鬼谷
風呂敷に包んだ西瓜は手土産でしょうか。切り分けていない西瓜を見ることのほうが少なくなった昨今です。後句は誰にも覚えがあるでしょう。結局泣くのだから喧嘩しなければいいのに、と思うのは大人になってしまったからですね。
〈桃〉も「え、秋?」といわれる確率が高いです。種類が多く、早くから出回るからでしょう。
妻告ぐる胎児は白桃ほどの重さ 有馬朗人
指ふれしところ見えねど桃腐る 津田清子
ほら、今このくらい、と妻から白桃を手渡され、初めて父たることを実感した作者かもしれません。また桃はデリケートな果物です。傷みやすいこともあって、貴重品のように扱います。
葡萄食ふ一語一語の如くにて 中村草田男
昨今は南半球の葡萄が春のころから店頭に並びますが、日本とは季節が逆であることを考えれば、やはり葡萄は秋のものでしょう。
勉強部屋覗くつもりの梨を剝く 山田弘子
水分たっぷりで、剝いてあれば手も汚さず食べられて、子どもの様子を見に行くにはぴったりの果実かもしれません。
よろよろと棹がのぼりて柿挟む 高浜虚子
柿うましそれぞれが良き名を持ちて 細谷喨々
柿も品種の多い果実です。渋柿が圧倒的に多いですが、渋を抜かずに食べられる柿がこの時期には詠まれているようです。棹を伸ばしているのは近所の悪童どもでしょうか。
星空へ店より林檎あふれをり 橋本多佳子
空は太初の青さ妻より林檎うく 中村草田男
保管技術が進み、ほぼ年中食べられるようになりましたが、穫れたてのみずみずしさは秋のものでしょう。星空も青空も秋の高く澄んだ空です。
栗の毬割れて青空定まれり 福田甲子雄
胡桃割る胡桃の中に使はぬ部屋 鷹羽狩行
甲子雄は山梨の人。栗が熟すころに、盆地の空は高い秋の空になるのでしょう。狩行の句は、向田邦子のエッセイにも登場します。発表当時を私は知りませんが、話題になったのかもしれません。
実石榴を割れば胎蔵曼陀羅図 木内彰志
いちじくを割るむらさきの母を割る 黒田杏子
石榴や無花果は流通に乗りにくいのか、メジャーとは言い難い存在ですが、コアなファンがいる果実です。
蜜柑はまだ青いです(青蜜柑=秋/蜜柑=冬)が、柚子、酢橘、金柑、檸檬、……柑橘類が次々に旬を迎えます。柑橘好きの私としては、垂涎の季節の到来です。(正子)