今年の三月には、三月と如月、弥生について記しました。今月は六月と皐月、水無月について押さえましょう。
〈六月〉はカレンダー通りに六月のことです。旧暦五月の異称〈皐月(さつき)〉がほぼ六月にあたります。
笠島はいづこさ月のぬかり道 芭蕉
山越えて笛借りにくる早苗月 能村登四郎
芭蕉の句は『おくのほそ道』所収。「このあたりで無念の死を遂げたという実方中将の墓はどこだろう」というもの。道がぬかっていたのは〈さみだれ〉のせいでしょう。二句目の、笛を借りにというのは〈早苗饗(さなぶり)〉の供応に使うためでしょうか。
五月にも「さつき」の読みはありますが、六月を指すときに使用するとかなりややこしいことになります。皐月を当てるか、いっそ早苗月が私には好ましく思われます。
六月の女すわれる荒筵 石田波郷
六月の万年筆のにほひかな 千葉皓史
「焼け跡情景。一戸を構えた人の屋内である。壁も天井もない。片隅に、空缶に活けた沢瀉がわずかに女を飾っていた」と波郷が自解しています。放心状態でへたりこんでいる様子が読み取れます。万年筆のインクの匂いも湿気の多寡で変わりそうです。降り続く雨にインクが匂い立ち、それを好ましく思う作者なのではないでしょうか。
旧暦六月の〈水無月〉は文字通り水の無い月、つまり梅雨明け後を指します。今の暦であれば、七月を思えばよいでしょう。
水無月の逆白波を祓ふなり 綾部仁喜
みなづきの酢の香ながるゝ厨かな 飴山 實
水無月には川開きや海開きがあります。逆白波を祓うのは、この夏の平穏を祈るためでしょうか。口当たりのよい酢の物が欲しくなり始めるのもこのころかもしれません。あるいは食べ物の傷みを防ぐために利用する酢と捉えてもよさそうです。作者は醸造学の研究者でもありました。
六月は二十四節気では〈芒種(ぼうしゅ)〉と〈夏至〉にあたります。芒(のぎ)はイネ科の植物の種の外殻にある針のような突起のこと。今年の芒種は六月六日、夏至は二十一日です。
芒種はや人の肌さす山の草 鷹羽狩行
大灘を前に芒種の雨しとど 宇多喜代子
一句目は、芒(のぎ)→棘→刺すの連想でしょう。若草が青草となり、茂りを成してゆく時期です。灘は流れが速くて航海が困難な海のこと。そこへ太い雨脚が刺さり続けているのでしょうか。なかなか厳しい景です。
夏至の日の手足明るく目覚めけり 岡本 眸
地下鉄にかすかな峠ありて夏至 正木ゆう子
どちらも「違い」に気付いた句ですが、眸の句は健やか、ゆう子の句は少し病んだ匂いがします。
さて、今年の六月をどの角度から楽しむことにしましょうか。(正子)