暖冬だとうかうかしていたら、立春を過ぎて妙に冷え込み、地域によっては大雪にもなり、春の実感の遠い今年となりました。それでも春の光を見出し、風の匂いを嗅ぎ、あるいは花粉に悩まされたりしながら、春の体感を整えていきます。
あたたかな雨がふるなり枯葎 正岡子規
〈暖か〉は三春通して使える季語ですが、これは早春のあたたかでしょう。雨を得て枯葎が茫々とあたたかそうにも見えるのです。
あたたかに鳩の中なる乳母車 野見山朱鳥
日溜りに乳母車と鳩の群れ。当然幼子とその母(父)の姿もあるはずです。視覚的にあたたかくもありそうです。
構成員は異なりますが、構図が似ているこんな句もあります。
村中が見えて墓山あたたかし ながさく清江
〈暖か〉は時候の季語ですから、基本的には気温が暖かの意です。が、それとは別に、心に感じるあたたかさを表すこともできます。
暖かにかへしくれたる言葉かな 星野立子
眠さうに暖かさうに観世音 星野 椿
いまのことすぐに忘れて暖かし 稲垣きくの
立子(母)の句は、その言葉に喜びを覚えています。椿(娘)は観世音に春眠の気配を感じているのでしょうか。きっと本人もうっとりと眠りたい心地だったのでしょう。きくのの〈暖かし〉には救われます。同時にこの状況に〈暖かし〉と付けられるきくのの太っ腹に憧れもします。
あたたかや布巾にふの字ふつくらと 片山由美子
「ふ」の字形を詠んでいますが、ふきん、ふの字、ふつくら…と「ふ」の音を重ね、あたたかさを呼んでいるようです。
布つながりのこんな句を見つけました。
ハンケチに一日の皺夕桜 小川軽舟
「一日の皺」は充足感でしょうか。花疲れで手足が温かくなってもいそうです。
〈麗か〉も春の季語です。〈暖か〉に明るさと美しさが加わったものととらえればよいでしょう。
麗かや野に死に真似の遊びして 中村苑子
麗(うらら)とは老いに眩しきものならし 能村登四郎
「死に真似」とは一見恐ろしそうですが、季語が〈麗か〉ですから、花に埋もれる体勢をとっているのかもしれません。
また、ゆったりとした時間の要素を加えると〈長閑(のどか)〉になります。
のどかさに寝てしまひけり草の上 松根東洋城
さびしさや撞けばのどかな金の音 矢島渚男
本意以外のことを付けようとするとなかなか難しい季語でもありますが、詠むことで心が穏やかになっていきそうです。(正子)