ネット投句(8月) 飛岡光枝選

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【特選】

祭足袋こはぜを強く挿しこみぬ  周作

これから神輿を担ぐのだろうか。祭りにかける意気込みが伝わる一句。

露草や絵筆の先のひとしづく  涼子

露草はまさに一滴の絵の具が花になったような風情。はっとさせられる一句。

【入選】

八月の墓標かカンナあかあかと  隆子

印象鮮明。「八月の墓標」であり「夏の墓標」であるカンナ。

茄子の馬父母送る友とせむ  弘道

「送る友とせむ」がごちゃごちゃしてしまった。何を言いたいのかを見極めて、必要ない言葉は整理してすっきりと表現したい。「父母のよき友となれ茄子の馬」。

新生姜下駄に素足の石畳  周作

「石畳」は不要なので、下五でもっと情景が描ける。「素足に下駄」。

蝉時雨イチローすぐに三千本  周作

面白い取り合わせ。「すぐに」ではただの説明。「蝉時雨イチローはるか三千本」。

のぞき込む顔もめぐりて走馬燈  涼子

「顔もめぐりて」では、顔がぐるぐる回ることに。せめて「顔に」にしないといけないが、走馬燈なので「めぐり」はいらない。「のぞき込む顔に映りて走馬燈」。

今月の季語(9月)夜長

yonaga昔から「秋の日は釣瓶落し」と言いますが、〈釣瓶落し〉が秋の季語として使えることをご存知ですか? 山本健吉が提唱し、賛同した俳人がいて定着した季語なので、まだ新しい部類に属します。

釣瓶落しといへど光芒しづかなり   水原秋櫻子

コンコルド広場の釣瓶落しかな    石原八束

健吉に「きれい寂(さび)」と賞された秋櫻子の句と、舞台を海外に置いた句を抽いてみました。「釣瓶」を使って描かれた西洋画のような句です。

秋の太陽が他の季節と比べて高速で動くわけではありません。夏より早く暗くなる忙しなさに、人がそう感じるのです。

釣瓶落しの後に訪れる〈秋の夜(よ)〉は夏より「長い」と感じます。正確には冬のほうが長いですが、冬の長い夜は鬱陶しく、夏より気温が下がって過ごしやすくなる秋の夜の長さは嬉しいのです。そういう気持ちを表す季語が〈夜長〉です。

妻がゐて夜長を言へりさう思ふ    森 澄雄

寝るだけの家に夜長の無かりけり   松崎鉄之介

アラジンに世之介に飽き夜長なり   マブソン青眼

「夜が長くなったわね」「そうだな」と静かに満ち足りていた森夫妻に、ほどなく〈飲食をせぬ妻とゐて冬籠〉という日々が訪れるとは、誰が予測したでしょう。

また、夜長は起きていることを楽しんでこそのもの。二句目はまさにそれを言っています。夜間に寝ている時間が長くても、それを夜長とは言わないのです。

末の子の又起きて来し夜長かな   上野 泰

親がともしている灯に子どもが起き出してきました。私にも遙かな記憶がありますが、父の膝からつまませてもらった落花生は、他の兄弟が味わっていないゆえ一層美味でした。

三句目は読書の秋に掛けています。『千夜一夜物語』も西鶴の浮世草子も、好き放題に読んでなお余るほど夜が長い、と。作者は一茶の研究者でもあるフランス人です。

秋の夜や旅の男の針仕事      一茶

秋の夜の雨すふ街を見てひとり   横山白虹

酒も少しは飲む父なるぞ秋の夜は  大串 章

〈秋の夜〉とだけあっても、長い夜であることを前提に読み取ればよいでしょう。一句目も二句目も、それゆえ一層しみじみとしてきます。三句目は、長子誕生の報を受けた新米父の喜びです。「少し」飲みながら生まれたばかりのわが子のもとへ思いを飛ばしています。名前を考えているのかもしれません。

夜がいちばん長いはずの冬には〈日短〉の季語があります。明るく暖かい昼の時間が短いのを惜しむ気持ちが反映されています。その冬が去り、春には〈日永〉を喜びます。実際にいちばん日が永いのは夏至のころであることは言うまでもありません。その夏には〈短夜〉と夜の明ける早さを詠うのです。何か少し臍曲がりのようにも、脳天気なようにも思えてきて楽しいです。

秋の夜長。季語の本意に触れる遊びはいかがですか?   (正子)

今月の料理(9月)_椎茸の酒塩焼

kinoko常に食事を賄う主婦にとって外での食事は中々楽しいものです。献立に頭を悩ます必要もなく作る手間も片付ける手間もありません。365日家族の健康を考え経済を考慮しなおかつ美味しいものを作り続けるのは誰が考えても簡単な事ではありません。コックさんと執事、メイドさんのいる生活がしたいと言った友人がいましたが、そんな生活が出来たらいいですね。また、料理好きにとって外食の楽しさは他にもあります。ホテルなどの食事は別として、ちょっと気の利いたお料理屋さんのカウンターや、気さくな女将のいる店などで板前さんの包丁さばきや料理、食材についてのあれこれを見聞きするのは家庭料理のヒントにもつながります。

そう考えると、カウンターは料理の工程がみられる楽しいところ。全てとは言えませんが、目の前に出される一品がどんな風に作られるのか、器も盛り付けも目が離せません。昔、京都の「千花」というカウンターだけのお店に行った時は主の巧みな話術や料理のあれこれ見事な包丁さばきなど、お料理以上のものを堪能して帰ってきました。後で知った事ですが、創業者の永田基男さんはカウンタ―で料理を出してもてなす草分け的存在で、多くの文化人がそのお料理や会話を楽しみに通ったと聞きました。最後に青紫蘇の千切りがご飯の上に乗って出てくるのですが、その見事な包丁さばき。きざまれた青紫蘇はふわふわと絹糸より細く少しも口に触ることなく香りだけが広がって行きます。

今月の料理もさる女将からちょっと教えていただいたものです。新潟の駅前にある小さなお料理屋さんで何気なく注文したものですが、家庭でも簡単に出来そうなのでご紹介します。また、焼いた椎茸は例えば、三つ葉と和えたり炊き合わせ添えたりと、他のお料理にも応用できますのでお試しください。お酒に椎茸を漬けて焼いたものですが、ご存知のように椎茸は旨みが強すぎいっぺんに沢山は食べられませんが、お酒に漬けたせいでしょうか普通に焼くより食べやすく椎茸が余り得意でない方にもおすすめです。

【作り方】

塩を入れたお酒を用意します。塩加減はお好みで。お酒の分量は椎茸が浸かるくらいです。お店ではお酒に漬け一晩置くとの事ですが、家庭ではそこそこで良いと思います。もちろん長く置いても差し支えありません。ただ、あまり長時間だとお酒の匂いが強くなります。漬けておいた椎茸をペーパーなどで軽く拭き、傘を裏返して魚焼きグリルで焼きます。椎茸のひだから水分が出てきたら焼き上がりです。この水分は旨みですので裏返さずに。

木洩れ日に椎茸の榾組まれあり      善子

朝日カルチャーセンター「カフェきごさい句会」7月

hotaru6年目を迎えた「カフェきごさい」句会、この7月より第四木曜日午後の教室となり、夏の力作が揃ました。兼題は6月・7月の「カフェきごさい」サイトより、今月の季語「夏の嫌われ動物 2」「祭」、今月の料理「琥珀ゼリー」「利休汁」、今月の花「ミント」「黒百合」です。

【特選】

青葱に蛍を入れて畔走る  守彦

「走る」がいい。「青」も効いている。思い出の情景だが、感傷にとらわれず現在形でしっかり描いた。

母逝きし祇園囃に送られて  弘道

「祇園囃」にお母様の一世が思われるしみじみとした一句。「逝くや」とするとより切実。

懐かしき人訪ふ琥珀ゼリー揺れ  涼子

「琥珀ゼリー」「揺れ」それぞれの言葉が作用しながら、揺れながら、世界を作るのが俳句。

【入選】

いま止みし雨の名残の睡蓮花  今日子

「雨の名残か」。どちらにしても「雨の名残」は曖昧。

ミントの葉アイスクリームの山頂に  涼子

「山頂」がゆかい。

三尺の簾の外の暑さかな  守彦

簾の内の別世界。「三尺」がいい。

吹きわたる風薫らせて薄荷刈  隆子

薄荷の風が吹きわたる大いなる大地。

八月の傷あと疼く花氷  稲

「花氷」を一考。

ミントの葉もしやもしやにせりティーポット  今日子

もしゃもしゃがミントの葉らしい。「せり」は「して」。

白髪やアロハシャツにも年期入り  光加

「にも」が「白髪」を受けての説明。年期が入ってどういうアロハシャツなのかを具体的に。

夏帽子これが最後かクラス会  守彦

季語の「夏帽子」がいい。「最後と」。

句が季語の説明になっていないか、注意。夏から秋への季語満載のこの時期、どうぞご健吟を。8月は「カフェきごさい」サイトより、今月の季語「「夏の思い出」の中の初秋の花」、今月の料理「生姜ご飯」、今月の花「もみじあおい」です。

戦争の影よぎりけりミントティ  光枝

今月の花(9月)おやまぼくち

デモンストレーションの花材として持ってこられたなかに、見慣れぬ名前がありました。珍しいからと花屋さんが追加して入れてくれたものでした。

それは切り取られているからか、長さはせいぜい40cmくらい。一本の茎からまた何本か茎がでていて、その色は白色がかった緑で、触ると毛足のごく短いベルベットのようでした。やわらかい布のような感触の葉の表は明るい緑ですが、裏は茎とおなじような白が勝っている薄い緑色でした。3-4cmほどのころころとした花はと、よく見ようとすると、何かチクチクと手にさわります。それはたくさんある花弁の先が尖っていたからでした。

大量に栽培された花にはない「おやまぼくち」の野趣のあるこの表情には心惹かれます。

「雄山火口」と書いて「おやまぼくち」と読みます。「やまぼくち」という近縁の植物があり、それに比べると雄々しいのでこの名がついたということですが、名に反して勇ましい威張った姿ではなく花の頭はつつましく下を向いて咲いているのです。

「おやまぼくち」は「のあざみ」の一種で、キク科と聞けばなるほど花弁の密集した集まり方は菊と共通のものでした。蕎麦の産地の長野県では、この「おやまぼくち」の葉の繊維をつなぎに入れて使うところもあるそうです。その葉の色から「うらじろ」、また「やまごぼう」と呼ぶ地方もあると聞き、きれいな空気をたくさん吸い込んだ山のふもとの植物にますます魅せられました。

「あざみ」は春の季語ですが、あざみには種類がたくさんあり春から秋まで咲くいろいろなあざみがあるそうで、「おやまぼくち」の花は夏から秋にかけて咲きます。

ちなみに「ぼくち〈火口〉」は火打石から初めに燃え移らせるものを意味するそうで、「雄山火口」もその下を向いた花の姿からは想像できないくらい、乾いた葉はきっと火をうけてパッと燃え上がるのでしよう。その時こそ、この植物がその名にふさわしいと思えてくるのかもしれません。(光加)

ネット投句(7月)飛岡光枝選

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【特選】

半身は土に還りてみみずかな  涼子

「半身は」の非情。

群衆へ火の粉のみそぎ船祭り  涼子

「群衆」という一語で夏祭の熱気が伝わる。「みそぎの火の粉」。

薄荷刈り了へし大地のかぐはしき  隆子

「大地」がいい。「薄荷刈り了へて大地のかぐはしき」、より大きく。

【入選】

夏の月葉の一枚が揺らぎけり  周作

風の通り道か、木の葉がそこだけ揺れている。「揺らぎをり」。

夢いくつ泡となりしや雲の峰  弘道

「雲の峰」に寄せる思い。「夢いくつ泡となりたる雲の峰」。

夏霧の中より一人男来る  弘道

「霧」ではつまらないが「夏霧」の「夏」が活きている。ただ類句は多いので注意。

殻棄てしよりの身軽さなめくぢら  隆子

殻を棄てて身軽になるのはあたりまえ、そこから転換を。「殻棄てしよりの憂鬱なめくぢら」など。

食うたのもはや忘れたるゼリーかな  隆子

少し大げさだが、ゼリーらしい。

今月の料理(8月)_生姜ご飯

syougamesi梅雨が開け、うっとうしい雨から解放されると今度は真夏の暑さが待っています。暦では八月に入って一週間もすれば、立秋なのですが連日の猛暑に体がなかなかついて行けません。クーラーを利かせてもキッチンのコンロ回りでは温度が上がり、台所を預かる主婦はたいへんです。冷たいものの取り過ぎで食欲も進まず冷房で体の芯が冷えてしまい、体調を崩しやすいのもこの頃です。

漢方では生姜の辛み成分は胃腸の働きを高め、食欲を増進させ新陳代謝をよくしてくれるとあります。また、皆さまご存知の通り体を温める作用もあります。食材としても、その香りは爽やかで適度な辛味は食欲をそそります。

今月の料理は生姜を使ったご飯です。生姜は秋の季語ですが新生姜は夏の季語に入ります。梅干しを作った後の梅酢に赤しそを入れ紅生姜を作られる方も多いと思います。まだ柔らかく香りの高い新生姜をご飯に炊き込みます。

この生姜ご飯いろいろなレシピがありますが、ここではぐっとシンプルに生姜のみで炊き上げます。生姜ご飯冷たくなってもしっとりとしてお弁当にも向いています。

【分量】
お米         2合
生姜すりおろし    大匙2杯
昆布         5,6センチ角一枚
醤油           大匙2杯
お酒         大匙2杯
出汁         適宜

 

【作り方】
材料の全てを炊飯器に入れ炊き上げます。
水の量の半分くらいは出汁を使うと一層おいしく炊きあがります。

たちまちに酢に染まりゆく生姜かな           善子

今月の花(8月)もみじあおい

kousyokki避暑先の高原に届いたのは、東京で留守を守る父からの葉書でした。そこには子供にも読めるようにきちんとした大きめの字で、まず「もみじあおいがさきました」とありました。

もみじあおいは、東京の家の庭の隅でほかの草花に交じり少し窮屈そうに伸びていました。やがて私の背丈くらいになり、丸い蕾がつきました。蕾の先はとがり、その周りを髭のように囲むのは後から考えると萼(がく)だったのでしょうか。ともかくほかの蕾とはちがう、と観察しながら思ったものです。高原に出発する日、蕾はまだ開かなかったのですが赤い色を少しだけのぞかせていました。

もみじあおいはその名のとおり、葉の形がもみじに似ているためつけられた名前です。もみじの葉と比べるとぐっと深く切れ込んでいますが、その切れ目のせいか風を通して軽々と涼やかです。

名に「あおい」とつくとおり、アオイ科でふよう属に属します。学名はHibisucus Coccineus。夏に咲くハイビスカスと近縁ということがこの名前からもわかります。花の中央にしべが長めに出ているところもハイビスカスと同じです。

もみじあおいの中国名の紅蜀葵はそのまま日本で(こうしょっき)と読むようになり、この花のもうひとつの名前となりました。

満開になると直径が15~18cmにもなる花は、5枚の花弁を従えてほとんど水平に近く開きます。花びらの表面には線があり、さらりとした質感を目に与える紅色の一日花です。

強烈な夏の日差しのなかで精一杯咲いている花々の中でもこの花は特に気品があり、どこか南の国の王族の浴衣にありそうだ、と童話が好きだった私はながめていました。

毎日暑い中でこちらも東京で頑張っているよ。自分を表すのが苦手な父が、もみじあおいに重ね合わせて葉書を書いたのではと大人になってふと思ったものです。(光加)

今月の季語(8月) 「夏の思い出」の中の初秋の花

mukuge記憶の中の夏を探ると背景にいろいろな花が咲いています。夏の思い出と共にあるので夏の花とばかり思っていたのに、秋の歳時記に載っていて驚いた、ということは意外に多いようです。今月は夏の花だと思っていたのに秋の花ですって、という植物の季語をみていきましょう。

まず〈木槿(むくげ)〉。梅雨のころから咲き始め、秋も深まるころまで咲いています。花期は長いですが、朝咲いて夕にはしぼんで落ちる一日花です。花色は、白、赤紫、底紅、……とさまざまです。

道のべの木槿は馬に食はれけり  芭蕉

底紅の咲く隣にもまなむすめ   後藤夜半

一日のまた夕暮や花木槿     山西雅子

底紅は白い花弁の付け根のあたり(蘂のまわり、つまり花の底)が紅色の咲き方を指し、木槿の他にも見られますが、俳句の場合は「底紅」で〈底紅木槿〉を指します。二句目は底紅木槿が隣家に咲いているのです。

〈芙蓉〉は木槿と同じアオイ科の植物です。花の形は似ていますが、木槿より「秋」感が強いかもしれません。白芙蓉、紅芙蓉、白く咲き出して赤く変わる酔芙蓉など多様です。

花芙蓉くづれて今日を全うす   中村汀女

そして夏休みの花の代表のような〈朝顔〉。観察日記でお世話になりました。四季咲きでしぼまない外来種の朝顔もよく見るようになりましたが、従来の朝顔は秋の季語です。ただし七月六日~八日、入谷で開かれる〈朝顔市〉は夏の行事の季語です。

朝顔や百たび訪はば母死なむ   永田耕衣

学校が好き朝顔に水をやる    津田清子

下谷二丁目朝顔市へ路地抜けて  坪見美智子〈夏〉

〈露草〉も夏休みの花かもしれません。早起きをしてラジオ体操へ通う道すがらの花であり、また自由研究で布を染めたりもしました。名前に秋の季語である露が入っていますから、記憶の修正は易しそうです。

露草も露のちからの花ひらく   飯田龍太

露草の咲き寄せてくる机かな   黒田杏子

〈白粉花(おしろいばな)〉も夏休みの色水遊びの友だったかもしれません。夕刻から咲き始め、ほのかな香りがあります。

白粉花吾子は淋しい子かもしれず  波多野爽波

〈サルビア〉の植え込まれた花壇は、一面に炎が立っているように見えます。あの燃えるような朱色に夏を思う人は多そうです(歳時記によって夏に分類されているものもあります)。

青春にサルビアの朱ほどの悔い   岩岡中正

秋の七草に数えられているのに早々と咲き出すのは〈撫子(なでしこ)〉。『源氏物語』に「常夏」の巻がありますが、この〈常夏〉は撫子を指します。常夏と呼ぶくらいですから、温暖化のせいではなく、昔から開花は早いのです。

かさねとは八重撫子の名なるべし  曾良

体験は人それぞれですが、季語は約束事でもあります。人と共有できる季節感を歳時記で確かめることも大切です。

(正子)

 

今月の花(7月)黒百合

kuroyuri-pl玄関の棚の上に黒百合をいけていると、母が汗を拭きながら外出先からもどってきました。高校生の私がその珍しい花に選んだ器は灰色の小さな扁壺のようなものでした。「あら、黒百合、品のいいこと!」そう言いながら母はいけている私の後ろをすりぬけていきました。アイロンのきいた麻のハンカチに、いつものように一滴だけ浸み込ませた(夜間飛行)のコロンの香りが微かに残っていました。

この時の涼しげな香が思い出されるくらいで、私には黒百合そのものの香りは全く記憶にありません。それは黒百合がユリ科の中でもユリ属ではなく貝母属だからと知ったのはずっと後になってからでした。15cmから35cmくらいの長さの茎の先に数輪うつむいて咲く3cm余りの花の香は、実はかぐわしいとはいえないのです。

黒百合は本州北部から北海道にかけて自生しています。高山を歩く人たちも見つけるとなぜか良いことがあるような気がするのでしょう、古くから歌や詩にも登場していた黒百合ですが、北海道に住む知人は昔はよく見かけたけれど最近は全く目にしない、と言っていました。それでも6月頃になると栽培された花の鉢植えや切り花をごくたまに花屋でみかけることがあります。

花弁は黒といっても、臙脂や紫といった色も混ざった黒で、内側の花弁には網目模様があります。

貝母属で代表的なばいも(貝母)は小さな薄緑色の花びらの内側に網目模様があるところは黒百合と同じです。網目の色は薄紫で編笠百合という別名があります。細い葉は先が巻いていて黒百合と同じく茶花として人気が高いのです。

近頃ではチューリップやカラーのように花びらが黒色に近いものが園芸種として栽培されますが、大自然の中で咲いている黒い花は格別な魅力を持っています。今頃北国の澄んだ空気のお花畑では、やっと迎えた夏を謳歌している花々のなか、黒百合はその独特な色と存在感でその光景に小さなアクセントを与えて咲いていることでしょう。

都会でも夏の鮮やかな色合いや白い色を全身で楽しむ一方、ほてりを鎮めるような静かで落ち着いた黒っぽいものにも惹かれます。黒い扇子で煽ぐと感じ取るのは遠くから忍び寄る秋の気配。黒アゲハもゆったりと舞っているこの頃です。(光加)