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スノーフレーク

caffe kigosai 投稿日:2014年4月4日 作成者: koka2014年6月21日

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大待雪草〔おおまつゆきそう〕という名のほかに、鈴蘭水仙という名もあるスノーフレーク。けれど(雪のひとひら)という意味の「スノーフレーク」とそのまま呼んだほうが、その清楚な花の色と姿に似つかわしい気がします。

葉はまっすぐに伸び、先まで40センチほどの明るい緑色で水仙の葉によく似ています。純白の花は釣鐘のように下を向き、一本の花茎におのおの距離を置き数個下がって咲きます。花と葉をみれば鈴蘭水仙といわれる理由がわかります。

小さな花の6つに分かれた花びらの先端近くに、緑の斑点がそれぞれについているのが大きな特徴で、英語名はsummer snow flake,夏の雪のかけら、の意味です。ヨーロッパ中南部原産で園芸種もたくさんあります。

数年前、オーストリアのウイーンから車で2時間あまりのグラーツでいけばなのセミナーに招かれた事がありました。このグループでの催しは初めての運営ながら大成功に終わったのは、先頭にたって家族ぐるみで計画から実行まで親身になって切り回してくれたDさんのおかげでした。大学教授のご主人は連絡と花器や花材をはこぶドライバー。本番の週末はカメラマンに徹して記録係。お嬢さんのTさんはボーイフレンドまでまき込んで会場設営はじめもろもろの細かいことを率先して手伝っていました。

この街を発ちウイーンに戻るとき、見送りにきてくれたこのTさんが〔さよなら〕のキスとともに渡してくれたのが、庭に今を盛りと咲いてたこのスノーフレークでした。くしゃくしゃの茶色い紙の中から出てきたそのひがんばな科の花は日本のものより少し大ぶりで、花びらの緑の点の色もわずかに薄かったのですが、どう見てもそれはスノーフレーク。「オーストリアでは、このあたりだったら今頃どこでも咲いているのではないかしら,このfruhlingsknotenblumeは。ちなみにfruhlingは春という意味」と彼女は説明してくれました。英語では頭に(夏)がつくスノーフレークですが、ドイツ語では(春)とつくのでした。グラーツでは2月末から3月になると見ごろをむかえ、もうすぐ一気に春の盛りを迎えるという自然の予告なのでしょう。

そういえば数十年前、東京の我が家の庭にもスノーフレークがあったことを思いだしました。毎年4月頃になると花壇の隅の同じところに咲いたのは 球根だからなのでしょう。花屋では切花では見かけたことはありませんが、近頃では園芸店では鉢で見かけることがあります。秋の初めには、秋咲きスノーフレークautumn snow flakeというピンクの淡い花を咲かせるものがあると聞いたので、今年は手に入れたいと思っているところです。(光加)

春深しスノーフレーク花ゆれて 光加

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a la carte_木五倍子(きぶし)の花

caffe kigosai 投稿日:2014年3月20日 作成者: koka2014年6月21日

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木五倍子、と書いてすぐに(きぶし)と読める人は俳句や短歌をなさっている方たちを除けば 意外と少ないのではないでしょうか。

年に一度か二度、この季節にこの花きぶしを手にすることはありますが、私がこの漢字を知ったのはいけばなをはじめて数十年たってからの事でした。

すこし撓んだ線を描く枝から、薄緑の4cmから8cmくらいの花の房がたくさん垂れ下がっています。はじめは枝と同じ茶色をまとって下がっている花々ですが、うす緑の花の先が現れて開きはじめると、あとを追いかけるように枝先から縁にぎざぎざのある葉がひとつ、またひとつと芽吹いては開いていきます。

鐘の形のようなこの花のひとつひとつの長さは7ミリにも満たないのですが、花達は行儀よくびっしりと集まってひとつの房を形成して、その房が隣り合って枝の上で同じ方向を向いて下がっているのです。この姿が藤に似ているというので、きふじ〔木藤〕ともよばれています。

たっぷりと花房をつけていても、枝をもってみれば全体は見た目よりは重さは感じません。その褐色の少し光沢のある枝のおおらかな線が、早春独特の浅い黄緑の花をよく目立たせています。花の初々しい緑は、いってみればベビーグリーンでしょうか。嬰児(みどりご),という言葉を思い出させるきぶしの花の色です。

同じような植物で、少し花や枝が大きいものを見かけたら、それは変種の八丈木五倍子(はちじょうきぶし)です。

ところで日本原産のこの植物にどうしてこの漢字をあてるようになったのでしょうか。
この、木五倍子の字から〔木〕をとると五倍子となり、フシと読みます。フシとは虫がうるし科のヌルデなどの葉についてつくるコブをかわかしたものをさすそうで、染料になります。フシに酸化鉄など他の材料を混ぜてつくられるもののひとつが、お歯黒に使われます。その五倍子の代わりとして使われたのがこのきぶし、つまり(木)の五倍子というわけで、染料になるのは木五倍子の花ではなく、やがて結実して黄褐色になった1センチくらいの実からとったものです。

山すそを歩いていると、芽を出し始めた木々の中でたくさんの花序が垂れ下がり、風に揺れているやさしげな、けれど素朴なこの花に会うことがあるでしょう。その風は、間違いなく春の風ということがわかる木五倍子の花なのです。(光加)

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a la carte_さんしゅゆ

caffe kigosai 投稿日:2014年2月17日 作成者: koka2014年6月21日

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 早春の光のなか、空間にちりばめられたように開く「さんしゅゆ」の黄色い小さな花は、とても目を惹きます。「まんさく」や少し遅れて花開く「連翹」とともに、三寒四温の時期に黄色い花の咲く花木のひとつです。

別名(春黄金花)というみずき科のこの木は、高さ15mくらいまで伸びるものもあり、褐色の枝はそっけないくらい真っ直ぐのびていて、木肌をよく見れば鱗状であたかもはがれてきそうに所々樹皮が立っていることが特徴です。

「さんしゅゆ」は山茱萸と表記され、(山)をとるとあとの二文字は茱萸をさし、実際に秋には茱萸に似た赤い実をつけます。

「さんしゅゆ」の枝で自分の思うような線を作ろうとすると、意外にこの木は協力的なのです。ここに曲がりをと思った箇所にすこしづつ力を加え矯めていくのですが、万一、パキッと折れたのでは?という感触があってもすぐには諦めない事です。枝は季節や場所にもよりますが最低でも三割が繫がっていれば水は上がっていき、花も新鮮なままでいる可能性が高いのです。パキッという音に少しびくびくしながらでも思うようなかたちが作れる代表格の花材です。そのかわりこの「さんしゅゆ」の枝ははさみをいれると結構硬くて切りにくいのです。

しなやかにして強い、という性質は植物を運ぶときにも好都合です。この「さんしゅゆ」や前にあげた連翹などものもそうですが、この時期の枝のものを、しおり(枝折)もの、いう言葉で耳にすることがあるかもしれません。枝を折るという意味ではなく、花木をたばねたもののことです。一本から出ている何本かの脇枝を、うまく中心にむかってたわめていき、わらの中心の部分を取り出したような植物の繊維でしばり、運びやすくするためで、できたものをまた数組を束ねて一束とします。(枝折る)という漢字はもともと当て字らしくはじめは(撓る)と書いてしおるといっていたようです。

(しおる)と聞いて読書のとき使う栞との関連を思った方もおいででしょう。山で枝などを折り、道しるべとした事が元ともいわれ、(しおる)が名詞の(しおり)となり、ここまで読んだというページの目印としているのもなるほどと思います。

しかし現実に枝を枝折るのはそうとうな技術がいります。見ても美しくきちんと束ねなければならない一方、花が膨らんでくれば枝と枝との空間も確保しなければ花びらはお互いにこすれてしまいます。枝の上から下へ数箇所にわたってきちんとしばられているのですが、よくみるとその両端は結んでありません。ひねってきゅっと中に入れ込んでいるだけです。こんなに枝を丁寧に扱っている職人仕事は外国の花市場では見たことはありません。日本の植物が作り出すいけばなをはじめとする文化。それは名も知らない人たちに支えられ、私たちは知らないうちにおおいなる恩恵をうけているのです。(光加)

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a la carte_黒目柳

caffe kigosai 投稿日:2014年2月4日 作成者: koka2014年6月21日

黒目柳
中国では柳を(楊柳)と書きます。(楊)は枝が上に向く柳、(柳)は下に向く枝垂柳(しだれやなぎ)のようなものをさすとのこと。この漢字の意味を知ってなるほどと思ったものです。確かに柳の種類は大きく分けるとこの2種類になるでしょう。

日本でも枝垂柳のほかに赤目柳、雲竜柳、小豆柳 石化柳や柳行李をつくったといわれる行李柳などがあります。春を迎えるとその中のある種の柳は、今度はその赤褐色の皮をかぶった花芽が膨らんでくるのが目立ちます。

花屋で晩秋によく見かける赤目柳は、固く花穂を覆っている渋い赤茶色の皮が目立ちますがそれが落ちると呼び方も猫柳、銀目柳となります。現れた2-3cmの白銀色をした花穂は、触っていると猫をなでているようでだんだん心が落ち着いてくるのは私だけでしょうか。

中でも異色なのは黒目柳〔黒柳〕。皮がおちると花穂全体に暗い赤色がうっすらと目立ち、そのうちだんだんと黒くなっていきます。木はあまり高くはならず、枝は深い臙脂色で、ときどき削がれたような木肌をみせています。やがて黒の中に黄色い花粉が混じってきます。この季節にあるストックや、スイートピーやチューリップ,また菊などよく見かけるどんな植物とあわせていけてもしっくりいくのは、この枝と黒や暗い赤の色の組み合わせがしゃれているからでしょう。

この黒目柳は猫柳の突然変異が元だといわれています。とすればさしずめ愛らしい猫柳にたいして、この柳は〔化け猫〕とも言えるでしょうか。

昔、今年もあと何日というころ花屋の大番頭さんが言っていた事を思い出します。〔今はなんでも威勢がよくて華やかで、というのが正月花だけれど、昔は株やさん関係の正月花のいけこみは、柳を使うときはちょっと気をつかったもんだよ。(株)になぞらえて柳は下がる、垂れる、だから正月早々縁起悪いからやめてくれっていわれやしないかとね。)
たぶんこのときの柳はお正月によくいけられる、先が下を向く枝垂柳を意味していたのではないかと推測します。お正月の料亭などで床の間の柱から緑の長い枝を引きずるようにしてたっぷりといけられている(大垂れ)と花屋仲間が呼んでいる特別立派なこの柳を見ることがあります。

そこへいくとこの黒目柳は〔黒字〕に通じ、しかも枝は上に向くばかり。おまけに猫柳がいわば(化けた〕もの。株が化けるというのは株価が思いがけず急上昇するという意味なので、その方面の企業にとっては大変よろしいか思うのですが、いかがでしょうか。(光加)

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a la carte_ろうばい(蝋梅)

caffe kigosai 投稿日:2014年1月21日 作成者: koka2014年6月21日

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年の暮れに枝に花が咲いている、いわゆる花木〔かぼく〕と呼ばれるものはそんなには多くはありません。寒木瓜、寒椿、山茶花、梅、そしてこの蝋梅などが代表的で、これらは正月花として松や他の花材とともにいけられる事も多いのです。

冬の深まりとともに黄色に色づいていた葉がやがてすっかり落ちるころ、気がつけば蝋梅の蕾は枝の上ですこしづつ膨れだしています。コロンとした形の頭頂部に黄色い花びらの一部がしっかりとまいているところが認めらたら顔を近づけてみてください。微かに甘い香りを確認する事ができるでしょう。いまひとつぴんとこなければ、その枝を切って室内に入れ、しばらく水が上がるのを待ちます。さらに大きくなった黄色い蕾が玉のように枝の上にちりばめられて、数日のうちには馥郁たる香りが空間に漂います。

すこし厚みのある花びらが次々と開き、その底にやがて紅紫の花びらが見えるようになると、この2センチほどの花も満開の状態なのです。また、開ききっても中心は黄色いままの花びらがある種類もあります。

この蝋で作ったようにもみえる花びらのため、あるいは蝋月〔陰暦12月〕に咲くから、ということでこの植物は蝋梅とつけられたということです。やがて来る本格的な春にそなえ、角度によっては半透明にさえ見える開いた花びらはだんだんに、そしてすこしづつ陽の光を通そうとしているのでしょうか。中国原産という、ふっくらとした蝋梅の花は実際にいけるとき枝や花に手が触れると意外と落ちやすいので扱いには気をつけてください。

蝋梅の一番の美しさは、凛とした黄色い蕾にあると私は思うのです。蕾は、これ以上は何もいらないと、毅然とした姿でまだ寒い中、懸命に裸の枝につかまっているように見えます。けなげですが同時に明るさも備えています。それは蝋梅ならではの姿でしょうか。

まだ浅い春。ゆで卵の黄身のような色が華やぎの少ない自然の空間をぽちぽちと、けれどゆっくりと暖かく彩っていきます。(光加)

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a la carte_旅人の木とその花

caffe kigosai 投稿日:2014年1月11日 作成者: koka2014年6月21日

tabibito先日、台北の花市場で久しぶりに旅人の木の花をみかけ、早速デモンストレーションでいける事にしました。日本でもよく見かけるストレチア(別名は極楽鳥花)に形は似ています。 マダガスカル原産で葉と葉の間につく花の苞ははじめは緑ですが、やがて中から白い花がでてきます。ストレチアの花よりもっとふっくらとしていて、横巾は先から先までは25センチもあるでしょうか。花市場で買ったものは3つも苞がついていてとても重く、後で実際にいけるときにはバランスをとるのに苦労しました。実がなると、種は鮮やかなブルーの繊維に包まれているそうですが、写真でしか見たことはありません。

作品にいけると、現地のかたが〔日本のものですか?〕〔見たことありません〕といわれたので、台北でも珍しいのでしょう。木はともかく花は、はっきりとした雨期と乾期がないとなかなか育たないということなので、台北の天気では花がつくのは難しいのでしょうか。

旅人の木の花を見ていると、バンコクのホテルの入り口でいつも私を迎えてくれる20メートル近い高さのこの木、そしてこのホテルのオーナーのPさんを思い出します。近頃のタイの政情不安なニュースを耳にするたびに、彼女と家族の無事が気になります。このホテルは、私の生徒が今のオーナーの母上の時代からの知り合いという縁で紹介され、すっかり気に入ってしまいました。

昨年の夏には原稿を書くためにパソコンと辞書と参考書を抱え、このホテルにこもりました。理由を話すと、目の前に青々とした熱帯の木々が広がる、ネットのつながる飛び切り静かな部屋をオーナーは用意してくれました。それでも私が部屋にばかりいるので、自宅のパーテイーや、あるときは〔プリンセスがおいでになる時計のショーがあるから、いかない?〕とさそってくれ、私はそのたびに玄関の旅人の木を見ながら出入りしたものです。

バンコクで旅人の木は珍しいものではありません。シンガポールをはじめとする他の東洋の国々にもあるそうです。他の場所でも目にすることがある木ですが、東京からの空の旅でやっとこのホテルに着いたというとき、孔雀が羽を広げたように葉をのびのびと広げたあの旅人の木が風に揺れているのに会うとほっとします。それはオーナーのPさんのおおらかな人柄とも重なり、旅人にさりげない気遣いをしてくれるこの低層のホテルの心地よさの象徴にもなっているのです。

成長すると時には2mに達する葉を多数持つこの植物の名前の由来は、大きな葉の太い茎の間に水がたまるから、あるいは切ると水がでてきて旅人がそれが飲めるからと諸説ありますが本当のところは不明です。

この木の英語名はトラベラーズツリー、つまり旅人の木。英語でも意味はそのままです。もうひとつ日本名がありました。扇を広げたようなので、扇芭蕉。この木はどこの国でも〔旅人〕とかかわっているようです。(光加)
 

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a la carte_いいぎりの実(イイギリ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年12月4日 作成者: koka2014年6月21日

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明るい朱色の房になって垂れ下がるいいぎりの実は、ひときわ華やかな晩秋を演出します。いいぎり(飯桐)と呼ばれるのは、昔その大きめの葉にご飯を包んだり、盛ったりしたからといわれています。日本の中でも西では(いとぎり)ともよばれるそうです。

南天桐という別名は、艶やかな丸い実が南天の実の色と形に似ているからでしょう。この実をつけている季節は、木が10数メートルに達する高さであることもあって一段と目立つのですが、それは人間だけでなく鳥とて同じ。遠くから実をながめて楽しもうと思っていた矢先、そこにあったはずの実が下がっていない!

―――花材として綺麗なままをとろうとすれば、そりゃできる限りの高さに鳥よけの網をかけて、実を守るしかないからねーーーいけばなの枝をたくさん扱っている花屋さんの話です。長ければ20センチ近くの房になり、実は秋が深くなるまで枝に残っています。大きな葉がなくなってしまえば、元の枝から切り取って水につけなくても、実は急に落ちたり、表面の皮がすぐにはしおれる事は少ないでしょう。こんな理由もあって、この時期の花展には花材としてよく見かけられます。

木肌は確かに桐に似ています。桐から下駄やたんすが作られるのは他の木と比べると軽めだからといわれますが、この南天桐も実がついているわりに、持ってみると想像していたより軽く感じられます。

実に充分に陽が当たるように、という植物本来の持っている知恵でしょうか、枝は真っ直ぐ羽を広げたように伸びています。そこに下がる房の間隔は隣の房にあまり邪魔にならないよう、絡む事のないよう、うまく配置されているかのように見えてくるのです。

夏も終りのころのいいぎりを見た事があります。その緑の実からは、秋も深まったころの豪華に垂れ下がった姿はあまり想像できません。熟していないため実の形もほっそりとしています。でもこれはこれで面白く、魅力があります。朱赤ではなく白い実をつけた(いいぎり)もあるということですが 私はまだ見たことはありません。

もしもこの時期、いいぎり南天を幸運にも見かけることができたら色と形をじっくり観察してみてください。毎日の散歩の途中、すこし首を伸ばして上をみて探してみてください。都会の真ん中でもいいぎりは意外と回りに見つかるかもしれません。鳥たちに先を越されなければ、ですが。(光加)

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a la carte_枯れひまわり

caffe kigosai 投稿日:2013年11月25日 作成者: koka2014年6月21日

枯れ蓮、枯れ尾花、枯芭蕉。秋の深まりと共に、植物はその盛りの時とは異なった姿で、大地にもどっていくことへの寂寥の思いを起こさせます。

枯れていくひまわりをキプロス島でいけた事があります。丈は私の背をはるかにこし、葉も黄色の花びらもまったくなくなったそれは、担いでみると種が詰まった頭の部分のあまりの重さに、私はふらふらとふりまわされてしまいました。

ひまわりは、花の中心にある種の存在がひとつづつ際立ちやがて茎から水分がぬけていくと、夏の華やかで生命力一杯だった姿を思い起こせないくらいの形に変化します。天から与えられた水や光や土によって育まれたものが、今度は無駄なものがひとつひとつ剥ぎ取られ、より密な存在に煮詰まっていくわけです。

中心はひしゃげたようにそった形になり、どこか顔のような表情をみていると、もともとこの太陽と友達のような植物は、素直で明るいのは夏だけで、本来は性質までひねくれていたのかとさえ思えてきます。種ができていく段階で中心から外へ外へとらせん状に作られていくことによってできる面の微妙なひずみも、この形になるのを助長させるのでしょうか。数えきれない種の多さですが、その種には面にモダンな縞模様を持つものもあり、栄養価が高くオイルにもなります。

やがて実った種が、いくつかすっぽりと抜け落ちた跡をのぞきこんでみると、新しい命が旅立った後のうつろさをかいま見る思いがして、ひまわりの独特の深遠の世界に引き込まれるようです。

枯れたものは美しい
しおれたものはちがう。    「勅使河原蒼風 花伝書」より

ひまわりは枯れてますます個性的になり、(しおれてなんかいられるか)とばかり、咲き誇っていたときとは違った新たなたくましささえ加えて、私たちの前に立ち現れるのです。(光加)

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a la carte_かんれんぼく(ヌマミズキ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年11月22日 作成者: koka2014年6月21日

kakurenbo
仕事のため大阪に行くことになり、現地の紹介された花屋さんに電話をしました。そこですすめられたのがこの、かんれんぼく、でした。「かんれんぼく?どんな字をかくのですか?」

いけばなの手ほどきを受けた時から数えれば、半世紀以上はたっている植物とのかかわりですが、まだまだ知らないものが外国はもちろん、国内にも数限りなくあります。当日は楽しみに大阪入りをしました。

かんれんぼくは「旱蓮木」と書くそうです。花屋でごつい茶色の紙の中から取り出されたのは、葉がなくて実だけとなったものでした。赤や黄色の実がなる植物が多い時期に、きれいな薄い緑色をした実がとても新鮮に見えました。しかもよく観察すれば、青い小さなバナナの房のようなものがいくつも集合して一つの球を作っているのです。さわるとパラリと落ちた(ミニバナナ)のひとつを拾って手にとってよくみれば、しっかりと3つの稜がありました。

ひとつの枝から分かれた細い枝の先にいくつもぶら下がっているところは、緑の大小の惑星が宙に浮かんで漂っているような楽しい光景です。宿にもって帰り、この(ミニバナナ)のひとつを輪切りにしてみました。つっと入っていく刃の先に、少しだけ手ごたえのある核があるのが本当の種かもしれません。やがては全体が茶色になっていくのでしょう。生命力の強いかんれんぼくは薬用としても研究されていると聞きました。

10メートル以上にもなる木は、葉脈のはっきりした、つやのある大きな緑の葉をつけます。遠目には、やつでの花の形にも似た、白に近い薄緑の花をつけたところを、来年の夏にはみてみたいものです。かんれんぼくは中国南部の原産。バナナ状の実にたくさんの種がある事が子孫繁栄をあらわすからでしょうか、別名は(喜樹)。「Happy Tree (ハッピーツリー)」という英名もあります。確かに実を見ているとハッピーな気分になります。

せっかちな人間たちがそろそろクリスマスを意識しだす頃、自然もつられてクリスマスのオーナメントをつくってみたような、そんなメッセージさえ感じさせる丸いかんれんぼくの実が、この季節にはさがっているのです。(光加)

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à la carte_グロリオーサ(ユリ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年10月28日 作成者: koka2014年6月21日

guro
グロリオーサの花はさまざまな色があります。濃いオレンジやピンクの強い赤に、黄色のふちのあるものや、またレモンイエロー、白にすこしだけピンク色が混じっているものもあります。

華やかな雰囲気を醸し出しているのは、色のほかにその特徴ある形によります。花はくるりと反り返った状態からだんだんと花びらが下がって開いていきますが、波打った花びらは折れやすく、取り扱いは要注意。茎もまたしかり。葉は先が丸まっているので他のものに容易に巻き付きます。いけるときにグロリオーサだけ数本まとめて手に持っただけで、もう大変。お互いに絡みつき離すのに余分な手間がかかります。

花が開けば開いたで、中からつきだしている数本の雄蕊の先についている花粉も厄介で、衣類に着くと扱いを誤ると落ちません。そのときは、表面に粘着性のあるテープを手に巻き取り、深く繊維の中に入り込む前に,表面をサッと払うように取るとテープについて落ちます。

「今度の展覧会に、ヨーロッパではあまり見かけない長い茎のグロリオーサをいけるのが私の夢だったのです!」ヨーロッパで数十年暮らしてきて帰国し、日本ではじめて展覧会に出品する私のクラスのYさんが、花の先まで70センチほどのこの花をお稽古のときに手にして言いました。

その特徴のため、お互いに引っかかってしまい、売るときに手間がかかるからでしょうか。花のついている先の部分だけを25cmほど切り取り、膨らませた透明な袋に一本づつ入れて売っているのを私が見かけたのも、どこかヨーロッパの国だったと記憶しています。

ある時日本でのデモンストレーションで、2mに達するようなグロリオーサが舞台に登場すると観客の中からざわめきがおこりました。そんな長いものを見るのは私も初めてでした。グロリオーサは、大きな花器に加えられるごとに撓んだ線を描き、いけられてみれば長い茎の上で、花はあたかも黄色の蝶が舞っているような光景でした。

この花を生産した人は、真っ直ぐ長い茎を持つ花を珍しさから作ろうと思っただけでなく、花の重さで作り出される線の撓みも計算していたのでしょう。この光景は、Yさんのいっていた外国の短いグロリオーサでは確かに出現し得なかったと思いました。

グロリオーサの原産地はアフリカ、または熱帯アジアといわれています。たとえ日本のハウスで栽培されたとしても、いける人の感性の奥底に流れるものまで思いをはせ、花を生産する人たちがいる限り、まだまだ花をいける楽しみは尽きないと思ったのです。(光加)

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「カフェきごさいズーム句会」のご案内

「カフェきごさいズーム句会」(飛岡光枝選)はズームでの句会で、全国、海外どこからでも参加できます。

  • 第三十五回 2026年2月14日(土)13時30分
    (3月は第一土曜日・7日です)
  • 前日投句5句、当日席題3句の2座(当日欠席の場合は1座目の欠席投句が可能です)
  • 年会費 6,000円
  • 見学(1回・無料)も可能です。メニューの「お問い合せ」欄からお申込みください。
  • 申し込みは こちら からどうぞ

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スタッフのプロフィール

飛岡光枝(とびおかみつえ)
 
5月生まれのふたご座。句集に『白玉』。サイト「カフェきごさい」店長。俳句結社「古志」題詠欄選者。好きなお茶は「ジンジャーティ」
岩井善子(いわいよしこ)

5月生まれのふたご座。華道池坊教授。句集に『春炉』
高田正子(たかだまさこ)
 
7月生まれのしし座。俳句結社「青麗」主宰。句集に『玩具』『花実』『青麗』。著書に『子どもの一句』『日々季語日和』『黒田杏子の俳句 櫻・螢・巡禮』。和光大・成蹊大講師。
福島光加(ふくしまこうか)
4月生まれのおひつじ座。草月流本部講師。ワークショップなどで50カ国近くを訪問。作る俳句は、植物の句と食物の句が多い。
木下洋子(きのしたようこ)
12月生まれのいて座。句集に『初戎』。好きなものは狂言と落語。
趙栄順(ちょよんすん)
同人誌『鳳仙花』編集長、6月生まれのふたご座好きなことは料理、孫と遊ぶこと。
花井淳(はない じゅん)
5月生まれの牡牛座、本業はエンジニア、これまで仕事で方々へ。一番の趣味は内外のお酒。金沢在住。
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