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浪速の味 江戸の味(二月) ふく梅・むすび梅【江戸】

caffe kigosai 投稿日:2025年1月31日 作成者: mitsue2025年1月31日

ふく梅(下)とむずび梅

東京都文京区の「湯島天満宮」は四五八年に雄略天皇の勅命により創建されたとされ、江戸時代には江戸の天神信仰の中心となり、湯島天神として親しまれてきました。現在では学問の神様として、受験シーズンには合格祈願の受験生で賑わいます。

また、江戸の頃から梅の花見の名所としても知られ、白梅を中心に多くの梅が植えられ、毎年二月から三月の梅まつりの時期には境内はよい香りで満たされます。

「湯島の白梅」を一躍有名にしたのが泉鏡花の小説「婦系図(おんなけいず)」です。何度も映画化、テレビドラマ化され、新派の舞台の代表作のひとつとなっています。

境内での主人公二人の別れのシーンの「別れる切れるは芸者の時に言うことよ、今の私には死ねと言ってください」は国民的名台詞として、私の幼い頃はクレイジーキャッツのギャグなどでもお馴染みで、子ども達も空で言えるほどポピュラーでした。

湯島天神のほど近くに行列ができる和菓子店があります。豆大福が人気の店ですが、梅の花の季節には特に食べたくなるのが「ふく梅」と「むすび梅」です。

「ふく梅」は、梅じそを練り込んだ白あんが皮からほんのり透ける、白梅を模した愛らしい和菓子です。中心の小梅が味のアクセント。

「むすび梅」は大豆を混ぜたおこわに昆布が入ったおむすびですが、その様子は今流行りの挟むおむすびのよう。こちらも小梅がひとつ付いており、受験勉強の夜食などにぴったりです。

訪れた一月中旬は受験シーズン真っただ中。咲き初めた白梅の傍には、奉納された絵馬が風にからから音を立てていました。合格祈願の絵馬に混ざって、だるまに目を入れた合格御礼の絵馬もあり、できるならみんなに合格してほしい!と願わずにいられない春の初めでした。

昨夜氷り朝ほころぶ梅の花  光枝

浪速の味 江戸の味(一月) ちゃんこ鍋≪初場所≫【江戸】

caffe kigosai 投稿日:2024年12月29日 作成者: mitsue2024年12月29日

二〇二五年は一月十二日から始まる初場所。東京の正月らしい青空の下、両国国技館には色とりどりの力士の幟がはためき、否が応にも新年の気分が盛り上がります。

江戸時代から勧進相撲が開かれていた回向院、そして国技館のある両国にはちゃんこ鍋屋さんが多く、関取の名を冠した店やりっぱな土俵を設えた店など様々あり、所属した部屋の味を受け継ぐ美味しいちゃんこ鍋が味わえます。

「ちゃんこ」の語源は、父さんを意味する「ちゃん」に親しみを込めて「こ」を付けたとか、料理番の古参力士を「父公(ちゃんこう)」と呼んでいたからなど諸説あるようです。相撲部屋の料理は全て「ちゃんこ」と呼ばれることはよく知られており、その代表格が「ちゃんこ鍋」です。

鍋料理は様々な食材が同時にとれる上、味の変化がつけやすく毎日食べても飽きません。ちゃんこ鍋の基本は鶏のソップ炊き(スープ炊き)だと言われています。それは鶏は二本足で立ち、手を付かないので相撲に負けないという縁起を担いでのことだそうです。現代では牛肉や豚肉も食材にしますが、正月は鶏肉のちゃんこ鍋を食べる文化が残っているそうです。

写真は両国駅前「安美」のちゃんこ鍋。青森県出身、伊勢ケ濱部屋の関取「安美錦」関(現在は年寄安治川)の店で、魚や鶏肉のつみれ鍋が評判です。相撲甚句が流れる店ではちゃんこ鍋ランチが手軽に楽しめ、近隣の会社員も多く訪れます。

長く照ノ富士の一人横綱が続いている大相撲。先場所初優勝の「琴櫻」、鋭い出足の「豊昇龍」、そして大銀杏も間に合わぬほどのスピード出世を遂げた「大の里」と、この初場所は話題が満載です。相撲を楽しみ、ちゃんこ鍋をつつきながら、一日一番、足腰の粘り強い一年を送りたいものです。

初場所や潮のかをりの隅田川  光枝

みなさま
今年も「カフェきごさい」を応援いただき、ありがとうございました。
どうぞよいお年を!

浪速の味 江戸の味(十二月) 王子の稲荷寿司【江戸】

caffe kigosai 投稿日:2024年12月4日 作成者: mitsue2024年12月4日

甘辛く煮付けた油揚げを袋状に開き寿司飯を詰めた「稲荷寿司」は、全国で広く親しまれています。江戸でも天保年間には店で売っていた記述があるようです。稲荷寿司の名前の由来は諸説ありますが、油揚げが稲荷神の使いの狐の好物だからという説が一般的です。

東国三十三稲荷総司との伝承を持つ東京都北区の王子稲荷神社は、その住所「岸町」が示す通り切り斜面に建つ神社です。落語「王子の狐」は人を化かそうとした王子稲荷の狐が反対に騙され酷い目に会うという噺ですが、神社周辺はさも狐が巣穴を掘りそうな地形です。今はだいぶ整備されていますが、私が初めて訪れた三十数年前は今にも狐が出てきそうな風情で、狐の巣だったという穴も境内に残っていました。

当地はまた「王子の狐火」の民話でも知られています。その昔、大晦日の夜に関八州の狐たちがこの地の大きな榎の下に集まり装束を整えると、官位を求めて王子稲荷へ参殿したということです。その行列の狐はそれぞれ狐火を伴っており、近隣の人々はその数を数えて翌年の豊凶を占ったとのこと。

狐が集合する榎は「装束榎(しょうぞくえのき)」と呼ばれ、広重の『名所江戸百景』には「王子装束ゑの木 大晦日の狐火」として、狐火を浮かべた狐が集まる様子が描かれています。

王子では大晦日の夜から元日にかけて、狐顔の化粧や狐のお面を付けた参加者が裃姿で王子稲荷へ参詣する「大晦日王子狐の行列」が行われます。狐火ならぬ提灯を手に持ち、正装をした狐の行列が続きます。

王子周辺には老舗の稲荷寿司屋さんがありますが、最近では変わり稲荷寿司を販売する店も登場しています。写真の稲荷寿司は、ゴルゴンゾーラチーズ、いぶりがっこ、柚子、焦がし葱などが入っており、マヨたまごが一番人気のようです。

変わり稲荷寿司といえば、油揚げの中に蕎麦を入れた「蕎麦稲荷」を出す蕎麦屋さんがあります。今年の大晦日は裃を付けた狐たちを思いながら、年越し蕎麦稲荷をいただくのもいいかもしれません。

狐火に案内されて除夜詣  光枝

浪速の味 江戸の味 11月【おじやうどん】(浪速)

caffe kigosai 投稿日:2024年11月9日 作成者: youko2024年11月13日

おじやうどん

きつねうどん

十月も夏日が続き、やっと秋らしくなったと思ったら、もう立冬。一気に冷え込んできました。こんな時は温かいうどんが食べたくなります。

江戸落語に「時そば」がありますが、上方落語には「時うどん」があります。

その冒頭は、〈売り声には、それぞれ季節感というものがございます。金魚売りてなものは夏のもんですな。「き~んぎょ~え、金魚」ああ夏やなという気がいたします。一方、冬の売り声の代表といえばうどん屋さんですな。「うど~んや~え、おそば」〉とテンポよく始まります。兄貴分の清八と弟分の喜六の二人連れがうどんを食べたくなったものの、二人の持ち合わせは十五文。十六文のうどん代に一文足りません。それであきらめる二人ではありません。うどん一杯を注文し、二人で半分こしようとなりました。清八が先に食べ、半分残したるといいながら、喜六がやっと鉢を受け取ったらうどん二筋のみ。じゅるるると汁を飲んであっという間におしまい。このやりとりが「あるある」で笑わせます。一文足りない支払いの様子は江戸の「時そば」と一緒で、八文まで数えたところで「今何どきや?」と聞き、うどん屋は「へい、九つで」と答えると「十・十一・・・・十六」と一文ごまかして勘定を済ませ、「ほなさいなら」。これに味をしめた喜六が「明日わいもやったろ」と次の日、小銭を懐にいそいそと昨日より早い時間に出かけます。うどん屋を見つけてうどんを食べ、そしていよいよ支払いです。昨日と同じように、八文目まで数えたところで「今何どきや」と聞くとうどん屋が「へい、四つで」と答えたもので、「五つ、六つ・・・」と十六まで数えて支払い、結局払い過ぎとなりました。あほらしい噺ですが、こすいことを考えたら、こんな目にあうんやでというオチが面白いです。

「時そば」のほうが、知られているかもしれませんが、明治時代に、三代目柳家小さんが上方落語の「時うどん」を江戸落語に伝えたと言われています。

やはり、大阪は出汁が命のうどんです。代表格は「きつねうどん」。甘辛く炊いた油揚が出汁のきいたうどんによく合います。きつねうどん発祥の店が、心斎橋にあります。明治26年創業で、いまも変わらず人気店です。大きな油揚がどんとのっています。出汁もきれいに飲み干すと、身体が温もってきます。その老舗のうどん店にはもう一つ名物うどんがあります。おじやとうどんが出汁で一体となった「おじやうどん」です。おじやは雑炊です。戦時下の食糧不足の時に、ありあわせの材料を入れて誕生したそうです。現代のおじやうどんは、卵、かまぼこ、穴子、椎茸、葱等いろいろ入って出汁の旨さをさらに倍増させています。寒い夜は、「時うどん」で笑って、おじやうどんを食べてほっこりすることにします。

こんな夜はおじやうどんで温もろか    洋子

浪速の味 江戸の味(十月) 梨【江戸】

caffe kigosai 投稿日:2024年9月26日 作成者: mitsue2024年9月26日

新高(左)とあきづき

全国区で活躍している梨の妖精「ふなっしー」は船橋市のゆるキャラです。船橋市のある千葉県は梨の収穫量、栽培面積とも全国一で、栽培が盛んな臼井市、市川市、鎌ケ谷市などでは8月から10月にかけて数種類の梨が収穫され、多くの人が梨狩りに訪れます。

千葉県の梨栽培は江戸時代の1700年代後半から広まったと言われています。水はけのよい火山灰の土壌は梨の栽培に適しており、温暖な気候も味方して、大消費地である江戸で高級品として喜ばれました。農家の女性が高下駄を履いて頭上の梨を収穫する古い絵が残っています。その後土壌や品種の改良を重ねて一大生産地に発展していきました。

千葉県の梨は、7月下旬の「幸水」に始まります。私が訪れた9月は1998年に登録された新しい品種の「あきづき」が最盛期でした。「幸水」「新高」「豊水」という人気の三品種を掛け合わせた「あきづき」は溢れるほどの果汁と糖度の高さが特徴です。

また、鳥取県産が知られる「二十世紀」も、実は千葉県松戸市で発見された苗木から栽培が始まったそうです。

江戸の梨は、落語「佃祭」にも登場します。佃祭を舞台に、昔、命を助けた女性に今度は自分が助けられるという古典落語。当時、歯痛に悩む人は、歯の神様として知られる戸隠神社へ祈りを捧げ、梨を川へ流す風習を行っていました。この風習が「佃祭」のサゲに登場するのですが、現代ではあまり知られていないのでサゲの前で噺を収めることが多いようです。

因みに、戸隠神社に祀られている神様、九頭竜大神は梨が大好物で、歯痛に悩む人は竜神様へ梨を供え、三年梨絶ちをすれば必ず治ると言われていたそうです。ジューシーな梨は確かに竜神様が好みそうですし、甘い梨の実は虫歯を誘いそうではあります。歯磨きに励みながら秋の日射しを受けて実った梨を堪能いたしましょう。

顔に熱き日射しや梨を捥ぐ  光枝

浪速の味 江戸の味 九月【河内ワイン】(浪速)

caffe kigosai 投稿日:2024年9月8日 作成者: youko2024年9月16日

秋の季語に「葡萄酒醸す」「葡萄酒製す」があります。大阪では、「河内ワイン」と呼ばれるワインが知られています。河内は大阪の東部地域で、中河内に柏原市があります。現在の柏原市平野、大平寺などは旧堅下(かたしも)村で、明治11年(1878)、堅下村平野の中野喜平氏が、甲州ぶどうの苗木の育成に成功し、生産が衰退傾向にあった綿に替わってぶどうが栽培されるようになりました。昭和10年(1935)には大阪のぶどう栽培面積は全国で最大となり、その30%が堅下村で栽培されていました。

大阪のワインづくりは、大正元年(1912)に堅下村大平寺で、ブドウ園の経営をしていた高井作次郎氏によって始められました。ぶどうの生産過剰を懸念し、また台風で落ちたぶどうの実を生かして利用することを考え、単身甲州に出向き、明治7年創業の大黒ぶどう酒の製法を学びました。そして大正13年(1924)に「堅下ぶどう酒」として市場に出しました。

ぶどう酒は収穫後、果汁を搾り、酵母で発酵させて作ります。ぶどう酒の起源は非常に古く紀元前6000年ごろ中国などで始まったと言われています。

ワインはぶどう酒の一種で、ぶどうの果実を発酵させて作られます。果皮や種などの成分も含まれているので、風味も多彩です。古代ローマ時代から飲まれていて、ワインはヨーロッパ各地で豊かな歴史を持っています。

7月ごろからぶどうの収穫が始まり、そろそろ「河内ヌーヴォー」が出てくる季節になりました。河内といえば、「河内音頭」で親しまれていますが、ワインも大阪を代表する名産品です。

秋深む今年のワイン香しく  洋子

浪速の味 江戸の味(八月) 鰻の蒲焼(落鰻)【江戸】

caffe kigosai 投稿日:2024年7月31日 作成者: mitsue2024年7月31日

土用の丑の日に鰻を食べて精をつけ夏を乗り切る。平賀源内が広めた鰻の宣伝文句と言われていますが、近年の猛暑でその思いは強くなり鰻の人気はまさに鰻上りです。

古来から日本人の大好物だった鰻。万葉集には夏痩せにいいという歌で登場。その後の時代も味噌を付けたり膾などにするなどして食べられていましたが、ほぼそのまま輪切りにしていたようです。鰻の輪切りは中国旅行で経験しましたが生臭く、食いしん坊の私でも一口食べただけであとが続きませんでした。

江戸時代、蒲焼が登場すると鰻は別格となります。その様子は池波正太郎の『鬼平犯科帳』にも描かれています。

「辰蔵が子供のころは、鰻なぞも丸焼きにしたやつへ山椒味噌をぬったり豆油(たまり)をつけたりして食べさせたもので、江戸市中でも、ごく下等な食物とされていたものだ。(中略)それが近年、鰻を丸のままでなく、背開きにして食べよいように切ったのへ串を打ち、これを蒸銅壺(むしどうこ)にならべて蒸し、あぶらをぬいてやわらかくしたのを今度はタレをつけて焼きあげるという、手のこんだ料理になった。これをよい器へもって小ぎれいに食べさせる。(泥鰌の和助始末)より」

こうして鰻の蒲焼は江戸で大人気となり、鰻がよく獲れた深川を描いた画には「江戸前大かばやき」の幟を立てた露店がよくみられます。

因みに鰻の養殖が日本(世界)で初めて本格的に行われたのも深川でした。明治十二年、川魚問屋、服部倉治郎が深川の池で鰻の幼魚(クロコ)を育てたところからスタートしました。

江戸時代の鰻はもちろん天然ものばかりでした。海で生まれた鰻は川を上り2~3年で成魚になり、8年ぐらいで成熟すると秋、産卵のため川を下り海を目指します。その鰻を「落鰻(下り鰻)」と呼び、秋の季語となっています。その頃の鰻は脂が乗って美味しいとされ、その鰻を簗で捕らえるのが鰻簗です。卵を抱えて下る鰻を獲ると思うと少々切ないですが、季節感も一緒に味わっていたのではないでしょうか。

養殖技術の発展は素晴らしく、鰻を安定していただけることは本当にありがたいことです。あまり欲張ることなく、海を目指す鰻を心に描きつつ、美味しい鰻を食べて残暑を乗り切りたいと思います。               (参考・鰻割烹 大和田「鰻の蘊蓄」)

  闇縫うて一夜落ちゆく鰻かな  光枝

浪速の味 江戸の味 七月【したたり】(浪速)

caffe kigosai 投稿日:2024年6月30日 作成者: youko2024年7月1日

七月の京都は祇園祭。コンチキチンのメロディーが街に流れ鉾が建てられてゆくと、いよいよやなと胸が高鳴ります。

菊水鉾は、町内にあった古い井戸、菊水井にちなんだ名前で鉾頭には金色の透かし掘り菊花が輝きます。元治元年(1864年)に焼失し休んでいましたが、昭和27年(1952年)に再興されました。稚児人形は、菊の露を飲んで長寿を保った菊慈童(枕慈童)で能装束舞姿です。

菊水井のあった大黒庵の主で、千利休の師である茶人、武野紹鴎(じょうおう)にちなみ7月13日~16日の午後には、菊水鉾町会所の2階に御茶席が設けられます。チケットを買って参加します。御薄の前に、菊慈童にちなんだ「したたり」という菓子が出されます。「したたり」は、黒糖を使った琥珀寒です。「したたり」という名前にふさわしい見た目も涼しいお菓子です。食べると黒糖のまろやかな甘さが口にひろがります。寒天でつるんと喉を通ってゆきます。

このお菓子は、京都大丸百貨店の近くにある「亀廣永」で製造、販売しています。昨日、お店に行って棹物菓子「したたり」を買ってきました。52年前から、御茶席に「したたり」が使われるようになったそうです。店内には、当時の八坂神社宮司による「したたり」の墨書が飾ってありました。次から次に地元のお客さんが入ってきて、店主ご夫妻が笑顔で接客しておられました。一足早く祇園祭気分になりました。

したたりや菊水鉾の立ち上がる  洋子

 

浪速の味 江戸の味(六月) 鱚【江戸】

caffe kigosai 投稿日:2024年5月30日 作成者: mitsue2024年5月30日

五月中旬、浅草の三社祭が終わると東京は本格的な夏に突入します。この頃旬を迎える魚が鱚です。

鱚は細長い円筒の魚体で、口は砂底の獲物を探るため尖っており、しゅっとした上品な姿をしています。脂が少なく味が淡泊で、特に白鱚は味がよいとされ様々な料理に使われます。特に江戸前の天ぷらには欠かせません。

江戸時代、将軍は毎月1日、15日、28日以外の食事は必ず鱚の塩焼きと漬け焼き二種類(鱚両様と呼ばれました)を食べたそうです。魚偏に喜ぶと書く「鱚」の字が目出度いからと言われていますが、脂が強くない鱚は毎日食べても身体にさわらないことも理由の一つではないかと思います。因みに1日、15日、28日には鯛や平目などが膳に上ったとのこと。

写真は浅草雷門隣に天保八年(1837年)より店を構える日本最古の天ぷら屋の、鱚の天ぷらです。初代は三河(愛知県)から江戸に移り、天ぷら屋台から始めたとのこと。江戸(東京湾)近海で獲れた魚を胡麻油で揚げるのが江戸前天ぷらの特徴です。胡麻油の香りをほのかに纏った上品な鱚の天ぷらは、今も昔も江戸の夏のスタートに相応しい味です。

 味の白鱚に対して、釣って面白いと言われていたのは青鱚です。音に敏感な青鱚を釣るため、河口の浅瀬に脚立を立てて釣る「脚立釣り」が盛んに行われていました。しかし、東京湾の干潟が埋め立てられていくにしたがい青鱚も少なくなり、昭和五十年代には東京湾の青鱚は姿を消してしまいました。

 近年は来日外国人で大賑わいの浅草ですが、中心を少し離れると静かな路地に水を打つ人の姿も見られます。朝顔市、鬼灯市と江戸の夏の行事が続きます。

 鱚天や路地に水打つ静寂あり  光枝

浪速の味 江戸の味 5月【筍飯】浪速

caffe kigosai 投稿日:2024年5月3日 作成者: youko2024年5月3日

春の味覚の代表に、春の筍があります。春筍(しゅんじゅん)とも言います。そして初夏の頃になると「筍」になり、筍飯も初夏の季語です。

京都から少し大阪寄りに乙訓地域(長岡京市、向日市、大山崎町、京都市西京区)があり、そこで育てられている京たけのこが有名です。別名「白子たけのこ」といわれ、食用「孟宗竹」の中でも色が白いのが特徴です。春の筍は、茹でてお造りで食べることができます。瑞々しくやわらかな舌触りです。掘ったばかりの春筍を丸焼きにすると香ばしさが加わり野趣に富んだ味になります。朝掘りの筍は、直売所で売られています。

年間を通して絶えず竹林の整備をしているからこそ、このおいしい筍がとれるのです。約300年前から「京都式軟化栽培法」を行っています。掘り上げた穴に肥料を入れたり、親竹の先を落としたり、秋には「敷き藁」と「土入れ」の作業をして柔らかな土作りをしています。白くてやわらかい京たけのこはこの良質の柔らかな土が育てます。

阪急「長岡天神駅」で下車して暫く歩くと、長岡天満宮境内の東に八条ケ池が見えてきます。寛永15年に造られた灌漑用の溜池です。池を二分する中堤は参道になっています。長岡天神駅やこの長岡天満宮の周辺には、たけのこ料理の店が料亭から気軽に入れる食事処までいろいろあります。

筍は、春の筍より歯ごたえがよくなりますが、筍飯にするとその歯ごたえがちょうどいいのです。写真は昼食に作った、筍飯と若竹煮です。

筍のシーズンが終わると本格的な夏がやってきます。

丹精の京たけのこを飯に炊き    洋子

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「カフェきごさいズーム句会」のご案内

「カフェきごさいズーム句会」(飛岡光枝選)はズームでの句会で、全国、海外どこからでも参加できます。

  • 第三十九回 2026年6月13日(土)13時30分
    (原則第二土曜日です)
  • 前日投句5句、当日席題3句の2座(当日欠席の場合は1座目の欠席投句が可能です)
  • 年会費 6,000円
  • 見学(1回・無料)も可能です。メニューの「お問い合せ」欄からお申込みください。
  • 申し込みは こちら からどうぞ

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スタッフのプロフィール

飛岡光枝(とびおかみつえ)
 
5月生まれのふたご座。句集に『白玉』。サイト「カフェきごさい」店長。俳句結社「古志」題詠欄選者。好きなお茶は「ジンジャーティ」
高田正子(たかだまさこ)
 
7月生まれのしし座。俳句結社「青麗」主宰。句集に『玩具』『花実』『青麗』。著書に『子どもの一句』『日々季語日和』『黒田杏子の俳句 櫻・螢・巡禮』。和光大・成蹊大講師。
福島光加(ふくしまこうか)
4月生まれのおひつじ座。草月流本部講師。ワークショップなどで50カ国近くを訪問。作る俳句は、植物の句と食物の句が多い。
木下洋子(きのしたようこ)
12月生まれのいて座。句集に『初戎』。好きなものは狂言と落語。
趙栄順(ちょよんすん)
同人誌『鳳仙花』編集長、6月生まれのふたご座好きなことは料理、孫と遊ぶこと。
花井淳(はない じゅん)
5月生まれの牡牛座、本業はエンジニア、これまで仕事で方々へ。一番の趣味は内外のお酒。金沢在住。
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