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à la carte_カリンの実(バラ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年10月5日 作成者: koka2014年6月21日

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カリンで思い出すものといえば、のど飴とか咳止めと答える人も多いでしょう。

カリンの実の中には ビタミンCはもちろん、クエン酸、りんご酸などが入っていて、生では食用に適さないかわりに果実酒にして飲んだり、砂糖漬けにしたりします。似たようなものにマルメロがありますが、こちらはばら科でもマルメロ属で、カリンはボケ属です。

春には5片の花びらを持つ淡い赤い花が咲きます。実を結ぶ他の花と比べれば大きめの花ではありますが、秋にあんなに大きな実がなるとはこの花からは想像が出来ません。実の重さを計ってみると、中には五百グラム近くのものさえあります。

秋になっても実がたわわになっている光景に外ではあまり出会えないのは、枝に直接ついているかのような実の構造と、枝の太さに対して重さが結構あるのでどうしても落ちやすいのです。

展覧会などの作品のために、枝にたくさんカリンの実がほしいという場合は 落ちたカリンに穴をあけ元の木や枝を刺さりやすいよう斜めに切ってそこにカリンの実を刺します。これを私たち仲間では(刺し実)などと呼んでいます。よくみると不自然かもしれませんが、カリンの運搬や性質を考えれば仕方のないことです。

自然界には驚嘆する事がたくさんあります。決まった鳥や虫やけものたちの力を借りての受粉、寒暖から身を守る植物の巧みな構造。中には毎年自然に発生する山火事を機会に実が開いて種を遠くに飛ばす、という植物もオセアニアにあるそうです。

方やカリンの実は大きくなりすぎてわが身をもてあまし、やがて自分の重みで落ちてしまうわけなのでしょうか。枝の太さとか、強さとかバランスとか性質を考えながら大きくならないのでしょうか?いやいや、これだけ実が大きければ鳥も落とそうとすれば苦労するだろう、動物が枝に登って落下させるのに成功したとしても、人が生のまま食べるのに適さないのなら、あるいは動物だって食べないかも。そう悟ったカリンの実は大きくなっていって、この時だ!と見計らい、子孫を残すため、わざと自分から落ちるような構造になっているのか。落ちたカリンの実を手にしてしばし思いました。そう考えればコヤツ、結構、知恵者なのだろうか。

すこしごつごつとした肌。オリーブグリーンが強い黄色の鈍く光を放つ皮の下からは甘く深い独特の香りが漂ってくるのみです。(光加)

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à la carte_ミルト(フトモモ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年9月23日 作成者: koka2014年6月21日

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ミルト、別名マートルに出会ったのは去年10月のローマでした。

ローマで行われた一連の行事の花材集めに最大の協力をしてくださった、イタリア人の庭師Iさん。彼は、参加者各自が花をいける研究会を私がホテルで開いているとき、この植物を持って郊外の会場に突然現れたのです。

「日本にはないかもしれません。よかったら研究会に使ってください。」

紙にくるまれていた植物は、数種類のものが少しずつ。中でも緑の葉がつややかで、黒い実をつけているものが珍しく思えました。「ミルトは地中海、主にサルデーニャ島などに多く生えていて、黒い実は砂糖を入れてリキュールにするのです。食後酒にね。」彼はそう教えてくれました。そして、「今日は休みで、家族とも約束があるので。よいご旅行を!またどこかで!」と、私が充分にお礼を言う間も与えず、バイクに乗って去っていきました。

たわわに実っている黒い実の植物の正体をもっと知りたくて、帰国してから調べて見ると、ミルトにあたる日本名は(銀香梅)または(銀梅花)というではありませんか。

(銀香梅)ならごくまれにですが、いけばなの花材にも使います。葉の形は先が少しとがった細い楕円形。しかし実がなった状態は日本で見たことはありません。辞典にのっているミルトの花の写真は、花びらが純白で白い雄しべがぐっと長く突き出した小さく愛らしい花。(祝いの木)ともよばれ、結婚式に飾られるというのもわかります。生命力が強く、葉は香草として使われるとか。

文豪ゲーテがブレンナー峠をこえてイタリアに入ったのは1786年の事。イタリアの明るい光に魅せられシチリア島まで来ています。後に彼は(ヴィルヘルム マイスター 修行時代)のなかでミニヨンの歌としてイタリアへの思いを表し、その中にミルトの名もでてきます。

君知るや南の国
レモンの木は花咲き くらき林の中に
こがね色したる柑子は 枝もたわわに実り
青き晴れたる空より しづやかに風吹き
ミルテの木はしずかに ラウレルの木は高く(森 鴎外訳,以後省略)

ミルト(ミルテ)は地中海沿岸原産。土も空気も水も光も日本と違えば、イタリアのミルトはmyrto。日本で育つ銀香梅とまったく同じとは考えられません。いつもの作業衣でなくびしっとジャケットできめたIさんの持ってきた、しかもゲーテの心を捕らえたイタリアのミルト。植物はその土地の性質と切り離しては育ちません。いつの日か南イタリアの風に吹かれながら、花咲くレモンの木に囲まれてミルト酒を、といきたいものです。(光加)

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à la carte_吾亦紅(バラ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年9月21日 作成者: koka2014年6月21日

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8月はじめに旅をした北海道では、すでに秋の気配がありました。

すすきも穂を出しはじめ、女郎花、刈萱、桔梗や撫子が咲き、その間に小さい吾亦紅の花がぽつぽつと出てきていて、花野となっていました。

萩の花尾花葛花なでしこが花をみなへしまた藤袴あさがをの花

秋の七草といえばすぐにこの山上憶良の歌があげられます。
でも、吾亦紅はこの中には入っていません。

吾亦紅の歴史は意外に古く源氏物語の〔匂宮〕の巻にも登場します。さかのぼって7世紀から8世紀に活躍した山上憶良の時代にはまだ吾亦紅がなかったか。あるいは、比較的高い土地で見かけられるので、見る事がなかったのか。はたまた源氏物語の中でも〔ものげなき〕吾亦紅、などといわれているので地味でお気に召さなかったのでしょうか。

吾亦紅は、臙脂の花に対して緑の茎がなんともおしゃれです。その茎は折れやすく、ぎざぎざとした小さな葉をとって、すっきりした線を出そうとすると、なかなか手間がかかります。又、茎には次々とより小さな吾亦紅もでてきているので、空間にこの花をぱっと散らすようにいけようと思うとどれを間引こうか、などと考えます。

春の七草は冬も終りに近づき春にむけて栄養を考えての食用としてあげられますが、秋の七草はまったくの観賞用としてとらえられています。吾亦紅は、この時期あまりない色とかたちゆえに何本かまとめれば、個性のあるふわりと大きな空間もつくれますし、一本でも枝分かれした吾亦紅は出来上がった作品にちょっとした奥行だって足す事が出来るのです。

〔秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七草の花〕

前述の七種類の植物を列挙する歌の前にはこの施頭歌があり、憶良は次に(あれもいいな!これもよい。)と一種類づつ、文字どおり指折り数える和歌を詠みます。

花をいける人が陥ってしまうのは、この次にこれをいけるとどう見えるか、そこに吾亦紅を足すとーーと文字を追いながら頭の中でつい出来上がりを想像してしまうことです。

私なりの現代の秋の七草を問われたら、まず吾亦紅を挙げます。(光加)

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à la carte_ すすき(イネ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年9月14日 作成者: koka2025年9月27日

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秋の七草のひとつである尾花、すなわちススキの原産地は日本。葉は一般的な緑の他、園芸種では横に薄い黄の斑のはいった(タカノハススキ)、また縦縞の(縞すすき)などがあります。穂がつんと出て開き、たれれば風になびき、やがてほうけ、折々に表情を変えていきます。

昨年10月、ローマで開かれる和食を広める夕食会にぜひいけばなを、という依頼が日本大使館からありました。外国でいけばならしいくいけるとなれば、いけばなの3つの要素、つまり、線、色 塊のうちなんといっても線のものが必要です。大使公邸の庭で、代々の11人の大使に仕えたイタリア人庭師のIさんの案内でさまざまな枝を入手。最後に穂の出たススキを大きな株からたくさん切らせていただき、葉が丸まらないようにすぐに古新聞に包み、水を入れたバケツにつけました。

会場は今では元貴族のプライベートなクラブとなっているボルゲーゼ家の館。内部の写真は絶対撮ってはならぬと何度も念をおされました。ローマの町に陽の落ちはじめる頃、天井の高い声のよく響く二階の会場に花材をもって入ったとたん、豪華な調度や気をつけてといわれた大きく下がったシャンデリアより、吸い寄せられるように目がひきつけられたのは正面の一枚の肖像画。100号くらいのキャンバスに描かれていた人物は、白い羽織とはかまをつけ、髷を結い上げている、まさしく日本人でした。外国の画家の筆によると日本人の目は細く描かれがちですが、その人物は丸い目でこちらをじっと見ているように思えたのでした。

(支倉常長の肖像画といわれています。ここローマに滞在中に描かれたそうです。)

それはまったく予期せぬ名前でした。
400年前に石巻の月浦をたち、メキシコへ、そののちスペイン、ローマと渡っていった支倉常長ひきいる慶長遣欧使節団。何故この館に支倉の肖像画があるのかは私の知識ではすぐには理解できませんでした。人物の白い袴には草のような植物が描かれていて、遣欧使節団は、斬新なデザインのものを用いたことでも有名な伊達政宗の特命をうけたことを思い出させました。

ともかく元貴族の皆さんの集まってくるカクテルの始まる30分前には花を仕上げなくてはなりません。ヨーロッパと日本から集まってきてくれた私の生徒とご主人たちも加わり,ちょうど支倉の肖像画を両方から挟むように竹を立て花をいけると、まるで肖像画に献花をしたようになりました。葉のふちで手を切らないようにいれたたくさんのススキは、その葉の線で繊細な動きを作品に与えていました。

テーブルの上にもなにか、というシェフの突然の要望が出たときはすでに花器を全部使用したあとでした。急遽公邸の古くなった漆塗りのお盆をもちこみ、水を張って日本から何かの折に使うかもと持参した金箔を浮かせその水の面にススキを渡し、菊の花を浮かせました。

今年になってのこと、伊達政宗の特集があるということでテレビをつけた私は、思わず画面に釘付けになりました。支倉常長がローマ法王にと伊達政宗から預かってきた親書が映し出され、紙には政宗の筆に金箔や退色していたものの銀箔がちりばめてありました。その親書を入れていた文箱は黒い漆塗りで、大胆な構図で牡丹に唐草、そして線は細いけれどススキが露をのせて描かれていたのです。その箱にはあとからつけられたであろう茶色になった紙がタグとしてついていました。一瞬でしたが記された字を私は見逃しませんでした。(Borghese)その文箱はボルゲーゼ家の所有だったということに間違いありません。

私がいけた場所は、あちこちにいくつもあるとはいえ、まさにローマの中心にあるボルゲーゼの館そのものでした。(当時の法王パオロ5世はボルゲーゼ家の出身なので、ボルゲーゼ家が文箱をもっていたことは十分ありうるでしょう)と、大使館の若き優秀なイタリアの専門官が説明してくれました。

洗礼をうけた支倉常長はその後日本に帰りますが、そのときキリスト教は禁止されていました。彼は50代のはじめ失意のうちにこの世を去った事になっています。しかし一説には、彼はその後人里はなれたところで30年も生き延びたとも言われています。

ヨーロッパにいたときは、彼はきっと抑えられないくらいの好奇心をもって世界を見ていたのにちがいありません。だから実際にあんな丸い目の印象を画家がもったのでしょうか。それとも何百年もの間、絵の中の常長は日本のいけばなを捧げられた事がなかったので、驚いていたのかもしれないと私は勝手な推測を巡らせたのです。    

ススキは銀色の穂もほうける頃になると、芒と書いたほうがふさわしく思えてきます。しかし文箱に描かれた金の薄は枯れはてて(芒)となることはなく、これからもあのままに、そして大切に保管されるのに違いありません。

ローマのススキが支倉常長へ、彼をつかわした伊達政宗へ、そしてあの時代へと、興味と好奇心の道をつけてくれました。支倉常長から、400年後の私にメッセージがとどけられた気さえします。

かの肖像画の衣装に刺繍された植物もススキと聞くと、支倉常長はやはりあの晩、あの場の花材にどうしてもススキをご所望だったのではないでしょうか。そんな気がしてきます。(光加)

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a la carte_風船かずら(ムクロジ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年8月24日 作成者: koka2014年6月21日

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夏の暑さを和らげるグリーンカーテンになにを選ぶといわれると、私ならふうせんかずらを選ぶことでしょう。

ゴーヤのように食べる楽しみはありませんし、朝顔のように花をめでる、といったものでもないですが、薄緑の(風船)が成り、微風にも軽やかに揺れるところはなんとも愛らしく涼やかな光景です。蔓がのびるときは、葉の付け根にある巻きひげが巻きつく相手に向ってよじ登っていき、人の背丈の倍くらいにも成長することもあります。

花はごく小さく白く、夏の終りに咲き、花がおわると実をつけます。その実は、細い花柄の先になるからこそ風にも軽やかに反応します。直径2~3センチの実は、ふっくらとしたところに3つの稜があります。思わず実をつぶしたくなるのをぐっとこらえて、そのままあめ色になっていくまで待ってみます。ふってみて微かにカラカラという音がすれば今度こそ開けてみましょう。中の種は丸く、その真っ黒な表面にハートの形の白い部分があります。「風船かずら」が英語では(ふうせんのつる)baloon vine、それから、(ハート豆)heart peaと呼ばれるのもなるほどと思います。

風船かずらのをいける時は、葉をほとんどとった蔓を丸めたり、丈のある花器や花入れからそのままたっぷりと垂れ下がるようにいけると豊かな気分になります。おしゃれでありながらどこか野生的。他のどんな花材とでも相性はいいのですが、さらに他の植物に絡ませたり、実を空間に遊ばせてみたりすると、そのわずかな重さがとまりどころをつかみ、宙にういて、いままでの空間が違った意味をもってきます。どういけても全体の印象はどこか軽やかなのは,風船かずらならではのものです。(光加) 

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a la carte_立葵(アオイ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年8月12日 作成者: koka2014年6月21日

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何処までも真っ直ぐに伸びていきそうな茎に、下から次々に花を咲かせる立葵。短い毛におおわれた茎は、しばしば人の背の高さをこえてのびていきます。ピンクや白、薄黄色や赤や紫赤などの花は比較的大きく、一重から八重まであり、草の花でこんなに華やかに咲く花は、この季節、周りを見渡してもありません。

遠くからみて、目の高さの空間に何か自然な綺麗な色が漂っているーーと近寄って見るとこの花が咲いている場に出会うことがあるのです。

梅雨の頃に咲き始め、太陽の強くなる梅雨明けにはそろそろ姿を見かけなくなるので、つゆあおいとも呼ばれるそうですが、場所やその年の気候により、さらに長く咲いています。

同じ頃に咲くひまわりのダイナミックさとは正反対。やさしく、しかもはなやいだ雰囲気をあたりにただよわせ、かといって特別高貴な花というイメージでもありません。花はこちらにメッセージを発信しているかのように、茎に直角に近いかたちでついています。室町時代にはすでに渡来して、今では暑い国では野生化しているようです。どんなに華やかに咲いているのかみてみたいものです。

この立葵、日本では思いがけないところで見かける事が多いように思いますが、それは私が単に都会育ちだから、ということでしょうか。古い駐車場のアスファルトの割れたところから、また草の中から気がつけばいつの間にか高く立ち上がっているのを見かけます。皇居のお堀を見下ろす道端に花をたくさんつけて丈高い姿が、通る人々の目を引いていました。梅雨のころ、あるいは初夏に蕾をつけたのを見れば、草刈をしていても切る事が出来ないのでしょう。

夏のはじめ、旅をした先でのこと。青田の端にある一軒の民家を囲むように立葵が一列に植えられ,この家の人たちが楽しみに育て、周囲の家の人たちも開花を楽しみに待っていたのだろうなと思ったことがありました。

いけて楽しむためには、切ったあとすぐに切り口を焼いて深い水につけるといいといわれます。でも、花はすぐにしおれてしまいます。やはりこの花は 周りの自然の風景のなかで、のびのびと咲いているのがよくあっていると思うのです。いつの間にかどこかに消えてしまったかと思うと、花のあとに丸い実をつけているのを発見します。

毎年どうしても袖をとおす時期を逸してしまうクリーム色の立葵の絽のきものを、今年は着る機会に恵まれました。少し気遅れする場でも、背筋をピンと伸ばして前をみて歩く事が出来たのは、真っ直ぐに伸びていた白い花の立葵の模様のせいだったかもしれません。(光加)

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a la carte_はす(ハス科)

caffe kigosai 投稿日:2013年7月29日 作成者: koka2014年6月21日

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葉がよし、花よし 実もまたよし、根や種も食料になるとなれば、蓮はいいとこずくめです。蓮華座には仏が座り、東洋では高位の人から庶民まで、数々の場面で人々の暮らしを飾ります。エジプトにも古くから蓮があったことが知られています。

やがて開いて丸い葉になる巻き葉の表情、青々とした葉に吹く風、その葉にはじかれて転がる露。またピンクや白の花はそのふっくらとした形ゆえ、開くときにぽんと音がするという話の真偽が話題になります。

蓮は早くから日本にあり、中国から渡来した根はレンコンとして食用に改良されたといいます。開いたあと、やがて花びらが散り始めますが、その姿もなかなか趣があります。現れた中心の部分(花床と子包)は秋に茶色に変化して(はす)の名の元といわれているはちす、つまり蜂の巣のように何個かの穴を持った実になります。そのひとつひとつの中に種がひそんでいます。

アジアからのお土産にいただく蓮の種の甘納豆は甘さだけでなく、種のすこし苦味のあるところが美味しいところです。お土産といえばベトナムの蓮の花のお茶は、お湯をさすと蓮の花に芳香があったことを思いださせます。一口含めば 強すぎない風味が口の中になんともいえない味がひろがり、くつろいだ気分をもたらします。

大賀一郎博士が2000年前の蓮の種を発芽させたニュースには、蓮の生命力に驚嘆したものです。しかし一方で、蓮を根から切ってしまうと水が上がらず、しおれてしまいます。水蓮や黄色の花を咲かせるコウホネも同じように切り取られると自ら水を飲めません

そのため水を揚げるには水、または紙タバコをほぐして水にいれ抽出した液を小さな特別なポンプにいれ、茎にぐっと注入するのです。茎の切り口をポンプの中心にぴったり押し付けて水を送り込みながら葉の裏を見ていると、中央から葉のふちに向って血管のようにめぐらされた葉脈のなかを水が走っていき、葉の色がみるみるうちに放射状に変わっていくのがわかります。やがて葉の先からしずくがたれ始めると、水が上がった証拠なのです。

蓮の葉の水揚げの場合、私たちが(おへそ)といっている葉の真ん中の穴をしっかり抑え、下にむけながら水をいれます。さもないと、上がってきた水が霧状になってそこから勢いよく吹き出し、一瞬にして水もしたたるいい男、いい女が出来上がる、ということになります。(光加)

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a la carte_ふさすぐり(ユキノシタ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年7月23日 作成者: koka2014年6月21日

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ふさすぐりのなかでもこの季節、赤房酸塊(あかふさすぐり)は、手の形のように開いた葉の下についている柄をひょいと上げると、そこに緑からオレンジ、赤へと房をなしている小さな実を見つける事があります。

その実は、内にある小さい種の存在がわかるほど透明で光を通し、その微妙な色調の繊細さに惹かれ、つい房を手に取って見とれてしまいます。けれどくれぐれもご用心。細く青い柄でつながっている房は取れやすく、そのあとには手にはなにやらべたべたとした液が。

すぐりは(酸塊)と書かれるように、小さな果実は甘酸っぱく、ブラックカラントと呼ばれる黒ふさすぐりや白ふさすぐり、また、グズベリーという名を聞けばジャムやお菓子やジュース、ドライフルーツ、リキュールなどを思い出すでしょう。カシスはスグリからできるリキュールです。

日本にあるものの中でよく耳にするスグリ属の代表はやぶさんざしです。やぶさんざしも赤い実を秋につけます。

真っ直ぐに近いすぐりの枝をいけることがありますが その夏の緑の葉と、そこからのぞいているスグリの房の色の対比の妙をみると、いつもこの過ぎていく季節のものならではと思います。

さて今宵はキンキンに冷やしたカシスソーダを、いや、すこし奮発してクレーム ド カシスにシャンパンをいれたキールロワイヤルでもーー
すぐりに、夏の夜の夢でももらうことにしましょうか。(光加)
 

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a la carte_ひおうぎ(アヤメ科)

caffe kigosai 投稿日:2013年7月12日 作成者: koka2014年7月31日

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 この植物にいつ、誰が(ひおうぎ)と名をつけたのでしょうか。実際の檜扇は文字通りひのきでつくられた扇で、宮中を中心に長い歴史があります。その檜扇を開いたような形に、確かにこの(ひおうぎ)は似てはいますが、そこは植物。

根元から上に向って次々と出ている厚めの平たい葉が隣の葉とすこしずつ重なり、一枚一枚に微妙なねじれがあります。

夏には粉が吹いたような葉の間から茎が出て、枝分かれをしたその先にオレンジ色の花をつけます。斑が中心にはいった花は次々と咲き、花のあとには薄緑色のふっくらとした実をつけるのです。

私たちがよくいけるのは、園芸品種のもので中でも「だるまひおうぎ」と呼ばれるもので、花が終わるとやがて綺麗なグリーンをした実を楽しむことが出来ます。その実のどこかユーモラスな形は小さなだるまに似ているようにもみえてきます。

この薄緑色はやがてあめ色に変化し、乾いてはじけると中心に黒い実がしっかりとついて現れるのです。これが枕詞の(ぬばたま)をあらわす鳥羽玉(うばたま)または射干玉(ぬばたま)と呼ばれるものだと知ったときは、これだったか!としげしげと手に取って見ました。

この名がついた和菓子をお土産に何度かいただいたことがあります。全体が黒っぽかったり、餡に黒砂糖が使われていたりして、さすがぬばたま。この言葉は黒や闇などの枕詞とは知っていたので、それが和菓子の名前の由来だろうとは思っていましたが、実際にぬばたまの実を目にすれば実感が湧いてきます。
 
植物界には黒っぽいものはたくさんあります。すぐに思いつくのはグリーンのところに黒が入ったしゃれたカンガルーポーですが、実際は黒といっても紫や赤を含んだ黒百合のようなものがほとんどです。一方実は、はじめは緑でも、熟れると黒に近いものが多くあります。

洋種ヤマゴボウなども、秋が近づくと実は黒になり熟して落ち、踏んだり、また衣服に着くととれなくて困った方は多いでしょう。ねずみもちの実はチャコールグレーをもっと黒に近くしたもの。スイカズラの実も黒く熟します。あげるときりがない黒い実ですが、その中でもなぜひおうぎの実が選ばれ、枕詞になったのでしょう。

丸い実の表面は漆黒ですがつややかでもあり、その黒色の深さが理由ということなのでしょうか。それとも当時これほどの黒をした植物が回りになかったのでしょうか。

又一つ気になる問を投げかけているひおうぎなのです。(光加)
 

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a la carte_マリーゴールド(きく科)

caffe kigosai 投稿日:2013年6月28日 作成者: koka2014年6月21日

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 「今日は義母も体調が良いので会っていって。お祈りの部屋にいるから」
そういってPさんは別棟の小学校の教室ほどの部屋に私をつれていきました。90歳にはなっていると思うという母上は、ヒンドゥ教の祭壇を背にしてサリーを着た看護婦さんと座っていました。祭壇には神々が祭られ、その周りには鮮やかなインドの花々。中でも大量の黄色とオレンジのマリーゴールドが一輪づつ糸で綴られ、他の白や赤の花と首飾りのようにして何重にも神々にかけられている様子には目をみはりました。糸に通されたマリーゴールドの花が撓んだ線となり窓一杯に飾られていました。

 Pさんは母上の耳元で (日本の東京からいらしたお花の先生!)言っているようでした。母上はもう見えなくなった目をこちらに向け(そうなの、こちらにいらっしゃい)と手招きをして私を呼び、傍らのマリーゴールドの花びらが沢山入った木製の器から何かを取り出し、手を開いてという動作をしました。手のひらに乗せられたのはナッツでした。そしてしわしわのルピー札を私の手ににぎらせたのです。のみこめない私にPさんが、お小遣いよ、と説明。目上の方からお小遣いを最後にいただいたのは、思い出せないくらいの昔。両手を合わせ、両人差し指を鼻の頭につける最敬礼をしました。

 次に母上は(これを飲みなさい)と言って小さなグラスに入った液体を差し出しました。私は一瞬戸惑いました。それはきっと聖なる川、ガンジスの水だと思ったからです。最大の歓迎をしてくださっていることがわかっているのにこれを飲まなければ失礼にあたる。歯を食いしばり、液がのどの奥に行くのを防ぎ、又感謝の意を表してこの家を失礼した私は、ホテルに帰ったらすぐに日本からもってきた薬を飲まなければ、明日どうなるかわからないと思いました。

 ホテルでテレビをつけると懐かしいアメリカ映画。思わずベッドの上で見てしまい、気がつくと深夜の2時。薬を飲まなくても何事も起こりませんでした。

 マリーゴールドはメキシコ原産。フレンチマリーゴールドは花壇などで見かけます。地中の、ある虫の防除作用があるそうです。アフリカンマリーゴールドは品種改良されて切花としても使われますが、どちらも独特なにおいがあります。

 それにしても次の日、私の体調に何の異変も起こらなかったのは、やはりその液体がありがたい聖なるガンジス川の水だったからでしょうか。それとも黄色やオレンジの大量のマリーゴールドのあの独特の香りが部屋中に醸し出すオーラとなって守ってくれたのでしょうか。

 仕事の他、プライベートでいったインドの旅も数えると11回になりました。(光加)

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「カフェきごさいズーム句会」のご案内

「カフェきごさいズーム句会」(飛岡光枝選)はズームでの句会で、全国、海外どこからでも参加できます。

  • 第三十五回 2026年2月14日(土)13時30分
    (3月は第一土曜日・7日です)
  • 前日投句5句、当日席題3句の2座(当日欠席の場合は1座目の欠席投句が可能です)
  • 年会費 6,000円
  • 見学(1回・無料)も可能です。メニューの「お問い合せ」欄からお申込みください。
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スタッフのプロフィール

飛岡光枝(とびおかみつえ)
 
5月生まれのふたご座。句集に『白玉』。サイト「カフェきごさい」店長。俳句結社「古志」題詠欄選者。好きなお茶は「ジンジャーティ」
岩井善子(いわいよしこ)

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高田正子(たかだまさこ)
 
7月生まれのしし座。俳句結社「青麗」主宰。句集に『玩具』『花実』『青麗』。著書に『子どもの一句』『日々季語日和』『黒田杏子の俳句 櫻・螢・巡禮』。和光大・成蹊大講師。
福島光加(ふくしまこうか)
4月生まれのおひつじ座。草月流本部講師。ワークショップなどで50カ国近くを訪問。作る俳句は、植物の句と食物の句が多い。
木下洋子(きのしたようこ)
12月生まれのいて座。句集に『初戎』。好きなものは狂言と落語。
趙栄順(ちょよんすん)
同人誌『鳳仙花』編集長、6月生まれのふたご座好きなことは料理、孫と遊ぶこと。
花井淳(はない じゅん)
5月生まれの牡牛座、本業はエンジニア、これまで仕事で方々へ。一番の趣味は内外のお酒。金沢在住。
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